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2006/11/02

「父親たちの星条旗」私的映画考Vol.51

先日、「父親たちの星条旗」を観てきました。「ミスティック・リバー」「ミリオンダラー・ベイビー」のクリント・イ-ストウッド監督作品。硫黄島2部作、アメリカから見た硫黄島。

戦争映画だと思って観に行きましたが、これは戦争を背景にした人間ドラマでした。確かに戦場のシーンはスピルバーグ監督の「プライベート・ライアン」を彷彿とさせる残酷さもありましたし、大迫力でした。が、そこに主題がある訳ではなく、英雄に祭り上げられた兵士たちの苦悩と葛藤、後悔、孤独。様々な思いを描く作品となっています。

星条旗を掲げる6人の兵士たち。最も有名な戦場での写真とも言える、一枚の写真が戦局を大きく変える写真になろうとは、誰しも思っていませんでした。その写真に写っていた3人の兵士は、戦場から本土へ送り返され、英雄に祭り上げられていきました。そして、苦しい財政を助けるために国債を国民に買ってもらはなければ戦争を続けられない。そのために、全国行脚をし、見せ物になっていくのでした。戦場では殺戮の日々が続いているというのに・・・。しかし、本当の英雄は戦場に残って戦っている兵士たちのはずでした。

時間軸が行ったり来たりして、悪夢や幻影のように戦場と本土が入れ替わりながらストーリーは進みます。なぜここに自分はいるのか、戦場を遠く離れて何をしているのか、こんな事をして意味があるのか、この瞬間にも死んでいく兵士たちが大勢いるのではないのか、そんな英雄に祭り上げられていった兵士たちの苦悩が伺えます。その状況に上手く順応できない者、野心を抱き順応していく者。しかし、それは一時的なブームとでも言える事でしかなく、いつかは忘れ去られていく者たちでした。

硫黄島での淡いくすみがちの色づかいの映像に、ときおりはいる鮮明な赤は、戦場の過酷さ残酷さを醸し出しています。3人の兵士たちの脳裏に甦るフラッシュバック映像も焼き付いた悪夢その残像として描かれます。エンディングロールに流れる実際の硫黄島の写真は、物語の悲しさと残酷さをよりはっきりと認識させてくれます。

本作には日本兵はほとんど登場せず、アメリカ側から見た硫黄島とそれにまつわる話しとして作られています。本編終了後に2部作の第2弾、日本側から見た硫黄島「硫黄島からの手紙」の予告編が流れます。おそらくこちらはアメリカ兵があまり登場せず、より過酷な戦場の模様、日本兵の苦悩や葛藤が描かれることでしょう。太平洋戦争末期、硫黄島を奪われれば、日本本土への攻撃が容易になる。その状況での硫黄島死守。そこにはどんなドラマが待っているのでしょうか。

硫黄島2部作第2弾「硫黄島からの手紙」は12月9日公開です。2部作は表裏一体。日米双方の真実を観て、あらためて認識するべきなのでしょう。

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