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2008/12/04

「ブラインドネス」私的映画考Vol.166

先日、「ブラインドネス」を観てきました。フェルナンド・メイレレス監督作品(「ナイロビの蜂」)。出演:ジュリアン・ムーア(「フリーダムランド」「トゥモロー・ワールド」)、マーク・ラファロ(「ゾディアック」)、伊勢谷友介、木村佳乃、ダニー・グローヴァー、ガエル・ガルシア・ベルナル他。

突然目の前が真っ白になり、完全に視力を失った日本人の男性(伊勢谷友介)が運転する車が、交差点で立ち往生した。親切な男に助けられ家まで送り届けられるが、そのまま車を持ち去られてしまう。男は妻(木村佳乃)に付き添われ眼科へ。眼科医(マーク・ラファロ)は、眼球に異常はなく原因がわからないと告げる。しかし、その奇病は伝染性のモノで、各地で視力を失う者が続出していくが・・・。

原因不明の奇病は瞬く間に広がっていき、感染者たちは収容所に入れられていきます。最初に感染した男、診察した眼科医、眼科にいた人々、その関係者・・・。しかし、眼科医の妻(ジュリアン・ムーア)だけは発症しないでいました。いったいなぜなのか?次々に送り込まれる感染者たち。収容所の病室はあっと言う間に人であふれかえります。

その収容所で、繰り広げられる出来事を描きます。感染を恐れた政府は、介護する人員を収容所には入れません。なので、目が見えないモノ同士、助け合って暮らしていくしかありませんでした。助け合いも最初の内。次第に、おぞましい事態へと転化していきます。人間、極限状態に陥ったときには、何をするか分かりません。そこには従来の善悪の基準など無いのです。

自分が、もし、突然、視力を失って、この状況にいたらどうなるのだろう、という思いが駆けめぐります。見えないからと言って、動かずにただじっとしていてもどうにもなりません。誰も助けてくれないのですから。

全体の映像はどこか白っぽく見えます。そして、感染者の視界を表現するのに、ぼやけた中での何かが蠢く映像や、白味へとフェードアウトしていく映像が多用されています。いつまで経っても感染しない医者の妻が、暗闇で食料を探すシーンがありますが、そこでは全くの暗がり。モノを探す音だけが響きます。鑑賞者にも、その見えない、手探りの感覚を伝えようかという映像でした。

顔も人種も年齢も素性も何もかも分からない時に、見えてくるモノがその人の本性なのでしょう。見終わったあと、登場人物に固有名詞がない事に気づきます。こんな状況になったときだからこそ、差別も、偏見も、わだかまりもない、平和な世界が来るのかもしれない。劇中、描かれる疑似家族のような連帯感は、それを感じさせてくれます。その絆が永遠に続くとも思わせてくれます。

伝染病の恐怖にさらされている現代社会を象徴しているかのようなパニックを描きつつ、人間の深層に潜む暴力性、残酷性を浮き彫りにする心理パニック・サスペンス。奇病の原因は、正体はいったい?これは神の試しなのか?

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