カテゴリー「私的映画考」の記事

「幸せはシャンソニア劇場から」私的映画考Vol.203

先日、「幸せはシャンソニア劇場から」を観てきました。クリストフ・バラティエ監督作品(「コーラス」)。出演:ジェラール・ジュニョ、カド・メラッド、クロヴィス・コルニアック、ノラ・アルネゼデール、ピエール・リシャール、ベルナール=ピエール・ドナデュー他。

1936年、パリ。ミュージックホールのシャンソニア劇場は、経営不振のため閉鎖となってしまう。30年以上この劇場で幕引きを務めたピゴワル(ジェラール・ジュニョ)は無職の上、妻にも逃げられ、息子のジョジョも妻の元へ。失意の日々を送るピゴワル。芸人仲間のジャッキー(カド・メラッド)とミルー(クロヴィス・コルニアック)と一緒に、再度営業を始めようと劇場を占拠する。そこに、歌手志望の美しい娘・ドゥースがやって来る。ドゥース(ノラ・アルネゼデール)はアナウンス嬢として採用されるのだが、彼女の歌声は観客を魅了し始め、劇場は連日、満員になるのだが・・・。

主人公であるピゴワルが警察に自主する場面から始まります。「人を殺した」と。ことの成り行きを回想するカタチで物語は展開します。町並みは、その当時の風景を描き出します。第1次大戦と、第2次大戦の間。重苦しい時代だったのでしょうが、人々は娯楽を求めていました。贅沢とまではいかないけれども、何か楽しみが欲しかった。決して裕福ではないけれど、心は豊かだった。そんな時代。

その娯楽を求める人たちの声に応えるのが、シャンソニア劇場の人々。給料は安かったり、もらえなかったり。それでも、観客に喜んでもらえる芸を見せる芸人たち。それを支える裏方たち。貧しくっても辛くても、楽しかった。それなのに、劇場は閉鎖。皆は路頭に迷うことに。

ピゴワルは妻に逃げられ、息子のジョジョとふたり暮らし。ジョジョは父親に隠れて、近所に住む”ラジオ男(ピエール・リシャール)”と呼ばれる引きこもり老人宅へ行き、アコーディオンを習います。そして、町に出て流しのアコーディオン弾きをして、稼いでいました。

ところが、母親が再婚し、町に戻ってきたと言います。無職のピゴワルにジョジョを扶養できるはずがありません。そして、ジョジョは妻の元へ。定職に就かなければ、唯一の心のよりどころであった、ジョジョとの生活もままなりません。

そして、一念発起。人手に渡っていたシャンソニア劇場を占拠し、再び灯をともそうと立ち上がります。バラバラになっていた仲間たちを集め、オーナーを説得し、なんとか再建に成功。が、今までの芸人だけでは物足りない。オーディションを開きます。

オーディションに集まる芸人たち。まあ、ユーモラスです。こんな芸でもその当時の人々には娯楽となっていたのか?疑問は残りますが、それぞれに楽しい芸で笑わせてくれます。そして、最後に現れたのはドゥースと名乗る若い女性。なにやらシャンソニア劇場との因縁があるようです。

初日の興行でドゥースはアナウンス嬢として、登場しますが、ひょんなことから歌うことになります。そして、大成功。その歌声に観客は魅了されていきます。最初はアカペラ。そして、ピアノが手探りで伴奏に入り、最後はオーケストラ。大喝采を受けます。

あっという間にスター歌手になってしまったドゥースは引き抜かれていってしまいます。そして、再びシャンソニア劇場は閉鎖されてしまうのでした。ピゴワルはジョジョに会うことが出来るのか?シャンソニア劇場の運命は・・・。

終盤、泣き所はやってきます。ジョジョとの再会のシーン。なにもなくなってしまったピゴワル。夜中だというのに、なにやら街角から歌声が聞こえてきます。仲間たちでした。そして、アコーディオンの音。ジョジョでした。狭い町中の明かりが付き、人々は何事かと顔を出します。怒鳴られても、罵声を浴びせられても、歌声は止むことはありませんでした。

様々な伏線を集約しながら、物語はクライマックスへ。シャンソニア劇場は再度復活しますが、悲劇はやってきてしまいます。

幸せはすぐ側にあるはず。でもそれに気づかない。手から零れてしまった幸せは、自らが努力して掴むモノ。海はどこにだってあるのだから。「ショーより楽しい商売はない」を地でいく中年芸人やスタッフたちの奮闘ぶりに笑い、重苦しい時代の中でも、音楽や芸に魅せられ、必死に生きようとする芸人たちの姿を描いた音楽劇。感動のエンターテインメント作品となっています。

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「エスター」私的映画考Vol.202

先日、「エスター」を観てきました。ジャウム・コレット=セラ監督作品。出演:ベラ・ファーミガ、ピーター・サースガード、イザベル・ファーマン他。

赤ん坊を死産して悲嘆に暮れるケイト(ベラ・ファーミガ)は悪夢にうなされていた。夫のジョン(ピーター・サースガード)と相談の上、養子を迎えることを決意する。そして訪れた児童養護施設で、他の子どもとはどこかかが違うエスター(イザベル・ファーマン)という名の少女に惹きつけられる。エスターを養子として迎え入れ、ふたりの子どもと5人での幸せな生活が始まると信じていたケイトとジョン。しかし、彼らの身の回りで謎めいた事件が起こり始める。そして、子どもたちの身にも刻々と危険が迫っていた・・・。

見た目は9歳の普通の子どもであるエスター。でも、どこかが違う。笑顔は愛らしい。しかし、時折見せる恐ろしいまでの目つきは尋常ではありません。なにが彼女をそこまでさせるのか?次第に、エスターは養父のジョンの前では猫をかぶり、養母の前ではまるで違う人格を出すようになっていきます。

同級生を傷つけ、シスターを傷つけ、それを知る兄妹たちを脅す。愛しているふりをしながら、脅すのですから、まるで悪い大人のやり口。入浴や歯科検診と伏線を重ねながら、次第に犯罪はエスカレートしていきます。謎に迫るケイト。エスターの生い立ちには驚愕の事実が隠されていた。

三人目の子どもを死産した夫婦。表面だけでもなんとか普通の生活に戻ろうと必死です。ケイトには自分の不注意で長男のダニエルの身を危険にさらしそうになった過去がありました。そして死産。精神的に問題があるケイト。そこを追い詰めていくエスター。

とにかく怖いです。カメラアングルや音楽にだまされるシーンがいくつもあり、怖さが増していきます。その扉を閉めると誰かいるって、と思うようなアングルを見せ、怖そうな音楽が盛り上がる、閉めると、誰もいない。しかし次の同様シーンでは、現れたり。他にも、子どもが画面を横切るだけなのに、ドキッとしたり。何気ないシーンが妙に怖いです。

エスカレートしていくエスターの仕業に、さらに身の毛がよだちます。そこまでするか?と思ってしまいます。エスターの真の目的とはいったい?

典型的なホラー映画の作りではありますが、それを越えた複雑な心理ドラマが展開される本作。ただのホラー映画ではありません。怖いには怖いですが、それほど残酷なシーンはありませんから、ホラー作品が苦手な人でも、ご覧になれると思います。物理的な怖さより、精神的な怖さの方が、怖いと言うことですが。エスターは本当に悪だったのか、愛が欲しかったのではなかったのか、それとも・・・。

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「路上のソリスト」私的映画考Vol.201

先日、「路上のソリスト」を観てきました。ジョー・ライト監督作品(「つぐない」「プライドと偏見」)。原作:スティーヴ・ロペス。出演:ジェイミー・フォックス(「Ray レイ」「ドリームガールズ」)、ロバート・ダウニーJr.(「アイアンマン」「トロピックサンダー」)、キャサリン・キーナー、トム・ホランダー、リサ・ゲイ・ハミルトン他。

LA。コラムニストのロペス(ロバート・ダウニーJr.)はある日、べートーヴェンの銅像のある公園で2本しか弦のないヴァイオリンを弾くホームレス、ナサニエル・エアーズ(ジェイミー・フォックス)に出会う。彼の演奏する音楽の美しい響きにひかれコラムのネタに取材をはじめる。後日、ナサニエルが将来を嘱望されたチェロ奏者だったことを知ったロペスは、なぜ路上生活者になったのか?そして、家も家族もない彼が、なぜ音楽だけは捨てずに生きてきたのか?疑問に抱きつつ、交流を深めていきますが・・・。

コラムニストのロペスは、ヴァイオリンを弾くナサニエルに出会います。そのことをコラムにすると、心ある読者から、弾かなくなったチェロを贈られます。喜々としてチェロを弾くナサニエル。その表情。優しい音色に引き込まれていくロペスは、素人ながらこんなに才能に恵まれているのであれば、なんとかしてやろうと思い始めます。

調べていくうちに、ナサニエルはジュリアード音楽院に籍を置いていたことを知ります。そんな彼がなぜ、路上生活者となってしまったのか?

支援センターを世話したり、音楽家を紹介したり、と交流を深めていくふたり。圧巻だったのは、ナサニエルとロペスがLAフィルのリハーサルに行ったシーン。大好きなベートーヴェンの曲。ゆっくりと目を閉じるナサニエル。音楽を光で表現するとああなるんだろうなあという映像が続きます。真っ暗な画面に様々な色が明るく輝く。線、円、幾何学模様。そして、それが、ハジケテ混ざり合う。

ナサニエルがジュリアードを去り、路上生活者になったのには理由がありました。統合失調症。そう思われる言動。幼い時から親しんだ音楽を諦めざるを得なかったナサニエル。それは、どんなにか辛いことだったのでしょう。でも、いつの日かヴァイオリンをどこかで手にしたのでしょう。音楽が彼を離さなかったのかもしれません。

そして、出会ったふたり。お互いに、少しでも生きる喜びが生まれたに違いありません。友達となったふたり。諦めずに真実続けること。そして、その崇高さ。人は一つのモノを愛し続けることが出来れば、人生をこんなにも豊かにしてくれるのです。

実話に基づく物語は、力強さをもっています。アカデミー俳優のジェイミー・フォックスとロバート・ダウニーJr.競演と言うことで、演技バトルも見応えがある感動作となっています。

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「レオン 完全版」私的映画考Vol.200

今日、ご紹介するのは200本目の区切りの作品、「レオン(1994)」です。リュック・ベッソン監督作品。出演:ジャン・レノ(「ダ・ヴィンチ・コード」「エンパイア・オブ・ザ・ウルフ」)、ナタリー・ポートマン(「ブーリン家の姉妹」「V・フォー・ヴェンデッタ」)、ゲイリー・オールドマン(「ダーク・ナイト」「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」)、ダニー・アイエロ他。

ニューヨーク。レオン(ジャン・レノ)は完璧に仕事を遂行する一流の殺し屋。彼の隣の部屋に住む12歳のマチルダ(ナタリー・ポートマン)もまた、家族から疎ましがられる孤独な少女だった。ある日、不気味な男スタンフィールド(ゲイリー・オールドマン)と部下たちは、マシンガンを手にアパートを急襲し、たった4歳の弟も含めてマチルダの家族を虐殺した。難を逃れたマチルダは、レオンに匿ってもらう。レオンが殺し屋だと知ったマチルダは、弟を殺した相手に復讐するために、自分も殺し屋になりたいと懇願する。始めは断ったレオンだったが、自分の正体を知った少女を殺すことも追い出すこともできず、彼女との奇妙な共同生活を始めることになるが・・・。

レオンは孤独に生きてきました。一日2パックの牛乳と肉体のトレーニングを欠かさないレオンの唯一の楽しみは、鉢植えの観葉植物に水を与えることと名作映画を観ることでした。殺し屋の彼を育て、仕事の仲介をするのはトニー(ダニー・アイエロ)。同郷と言うこともあり、何かと良くしてくれていました。

マチルダも孤独に生きていました。意地悪な姉、継母に虐げられ、父親には暴力をふるわれる日々。救いは最愛の弟。自分を誰よりも慕ってくれる弟でした。

いつもと変わらない日常は、ずっと続くと思えましたが、二人が出会ってから、ドラマは動き始めます。最愛の弟も含めて家族全員を殺されたマチルダ。レオンの部屋に逃げ込み、最悪の事態は避けられましたが、行くところがありません。泣きじゃくるマチルダをレオンは優しく慰めます。きっと、子どもと接したこともなかったであろうレオン。でも、孤独な気持ちは理解できたのでしょう。

レオンはマチルダを長く置いておくつもりは無かったのですが、正体を知られたこともあり、二人の奇妙な共同生活が始まります。アパートから、安ホテルを転々とする生活。元々荷物は少ないのでしょうが、大きなバックと仕事道具、しっかりと抱えて歩くのは観葉植物の鉢植え。大股ですたすたと歩くレオン。遅れまいと、ちょこちょこと早足で歩くマチルダ。その姿はほほえましくもあります。

次第に互いに心の扉を開き始めるふたり。復讐を望むマチルダに、レオンは殺しのテクニックとセオリーを教え、マチルダはレオンに読み書きを教えます。そして、ふたりの間には父娘とも恋人同士ともつかない新しい感情が芽生えていきます。

そんなある日、マチルダは偶然、スタンフィールドの正体がDEA(麻薬取締局)の捜査官であることを知り、単独、復讐を果たすためにレオンの留守の間にスタンフィールドを付け狙いますが、逆に取り押さえられてしまいます。レオンが駆けつけ、なんとか助け出すことが出来ますが、不吉な陰は次第に二人に忍び寄っていました。

ベッドで眠ることのないレオン。そんなレオンでしたが、マチルダの願いを叶えるためにベッドで二人で眠ります。その瞬間が、二人にとって最も幸せなひとときだったのかもしれません。そして、緊張感高まるクライマックス。スタンフィールドはトニーを通じてレオンの居場所を突き止め、何百という警官隊を率いてホテルを完全包囲します。二人の運命は・・・

根無し草だったレオン。初めて誰かのために何かをしたくなったと言うレオン。そんなレオンは、生きる希望をマチルダにもらったのです。大地に根をしっかりと張って暮らしたいと。それは確実に愛だったのでしょう。

ラストシーン。レオンの形見となる観葉植物を、大地に埋め、根付かせてあげます。でもあの植物は寒い土地では育たないんだとか。やっと安息の日々を送れると思っていたのに、願いは叶いませんでした。さらに悲しみがこみ上げてゆきます。

序盤のマチルダの台詞「大人になっても人生は辛いの?」。レオンは優しく答えます、「そうだ」と。人生は辛いモノ。だからこそ、懸命に生きるのだと。そして、死は前触れもなく、突然訪れ、死の恐怖に直面した時に初めて命の尊さが分かるのです。

純愛という言葉を良く聞くようになった昨今。今回見直して、あらためてふたりの関係は愛だったし、見返りを求めない純粋な愛だったのだと思えました。魂をふれあわせたふたり。そこには純愛さえも越えた、崇高な何かがあったのかもしれません。

良い作品は、何度見返しても良いモノ。久しぶりに見返しても感動するし、同じシーンで涙し、そして、また新たな気づきがあります。今回は「生きる」と言うことをさらに強く感じられたように思いました。

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「M:I - 2」私的映画考Vol.199

今日ご紹介するのは、「ミッション:インポッシブル-2 M:I - 2」です。ジョン・ウー監督作品。出演:トム・クルーズ(「ワルキューレ」「宇宙戦争」)、サンディ・ニュートン(「シャンドライの恋」「幸せのちから」)、ダグレイ・スコット、ヴィング・レイムス、リチャード・ロクスバーグ、ジョン・ポルソン、ブレンダン・グリーソン、レイド・セルベッジア、ウィリアム・R・メイポーサー、ドミニク・パーセル、アンソニー・ホプキンス(「アトランティスのこころ」)他。

休暇中のIMFのエキスパート、イーサン・ハント(トム・クルーズ)の元に、司令官スワンベック(アンソニー・ホプキンス)から新たな指令が入る。今回の使命はテロリスト、ショーン・アンブローズ(ダグレイ・スコット)が奪った驚異の殺人ウィルス“キメラ"と解毒剤“ベレロフォン"を奪還すること。アンブローズの元恋人である女泥棒ナイア(サンディ・ニュートン)をメンバーに引き入れ、奪還を試みるが、ナイアが殺人ウィルスに感染してしまう。タイムリミットは30時間。解毒剤を手に入れることは出来るか?!

不可能な任務に挑むスペシャリストの活躍を描くスパイ・アクション「ミッションインポッシブル」シリーズ第2作。現在まで、シリーズは3作まで作られています。1作目は硬派なイーサン・ハント(監督:ブライアン・デ・パルマ)、2作目は軟派なイメージ(監督:ジョン・ウー)、3作目(監督:J.J.エイブラムス)は激しやすく熱い中にも頭脳明晰なイメージ。三者三様のイーサン・ホークが楽しめる人気シリーズになっています。

「エイリアン」シリーズもそうでしたが、監督によって雰囲気ががらっと変わり、それでいて、ぞれぞれの作品の違いを楽しめるようにもなっています。作品の出来映えとしても三者三様。サスペンスあり、派手なガンアクションあり、ロマンスありと多様なので、好みは分かれるところでしょう。

本作「M:i-2」の監督には「フェイス/オフ」のジョン・ウーが起用され、とにかく格好良いアクションを展開すると共に、全体を通してのロマンスが外連味たっぷりに描かれています。

ナイアを仲間に引き入れるため、ハントはスペインへ飛び、ナイアと接触しますが、美しき彼女といつしか恋におちてしまいます。この出会いのシーンが秀逸です。音楽、カメラワーク、表情。どれをとっても美しい。そして、ハントとナイアのカーチェイスは楽しさもあり、美しさもあり、ユーモラスでもあります。クルクル踊るように車が廻るシーンは幻想的でもあります。

アンブローズの元恋人である女泥棒ナイア。ただ利用するだけの存在のはずだったのに、愛し合うようになってしまった二人。アンブローズに接近し、彼の計画を調べ出すという作戦を聞いた時のハントの衝撃は凄まじかったでしょう。そして、それをナイアに伝えなければならない。胸を引き裂かれる思いです。作戦遂行中も、接触する二人。しばし見つめ合う。想いが伝わってきます。

キメラを破壊すべく製薬会社に潜入するハント。正体のばれたナイアを人質にし、アンブローズはハントを待ち受けます。ここでの銃撃戦は果てしなく美しいです。「フェイス/オフ」のアジトでの銃撃戦にも匹敵する美しさ。スローモーションを多用し、見せるべきところはしっかりと見せ、舞うように身を翻します。

ナイアはハントを救うためとっさに自分自身にキメラを注射。ハントは脱出に成功したもののナイアの命はあと30時間。アンブローズの手から解毒剤を手に入れ、ナイアを救わなければ、世界中に殺人ウィルスが蔓延することになってしまいます。アンブローズのアジトに潜入する最後のミッションが始まる。

2丁拳銃を手に舞うハントを演じるトム・クルーズは銃撃戦、初体験だとか。クライマックスの銃撃戦は、ハントの怒り、憎しみが最高潮に達した状態で挑みます。その中に平和の象徴・白い鳩が舞う。バイクによるカーチェイスも大迫力。CGはありませんから、その爆発は本物。テンション上がります。大爆発あり、バイクアクションあり、銃撃戦ありとジョン・ウー監督らしい、アクションが展開します。

愛をとるのか任務をとるのか悩むハント。葛藤。そして、愛のために戦うハント。果てしのない死闘の末、ハントは安らぎを得たのかもしれません。今回、久しぶりに見直しましたが、格好良いモノは理屈抜きで格好良い。そして、そこにあふれるロマン。愛のために戦う男・ハント。しびれます。ぜひとも、シリーズの次回作が観たい作品です。

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「クレイマー、クレイマー」私的映画考Vol.198

今日ご紹介するのは、言わずとしれた名作「クレイマー、クレイマー(1979)」です。ロバート・ベントン監督作品。出演:ダスティン・ホフマン(「ネバーランド」「マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋」)、メリル・ストリープ(「いつか眠りにつく前に」「マンマ・ミーア!」)、ジャスティン・ヘンリー、ジョージ・コー、ジェーン・アレクサンダー、ハワード・ダフ、ジョベス・ウィリアムズ他。

ジョアンナ・クレイマー(メリル・ストリープ)とテッド(ダスティン・ホフマン)は結婚して8年。7歳になる息子のビリーと三人の生活だったが、テッドは仕事第一主義で帰宅はいつも午前様。家庭にも関心がない。ジョアンナはビリーが気にはなるが、自分を取り戻すために家を出る決心をした。そして、残された夫は幼い息子の面倒を見るのだが・・・。

テッドの生活はその日から一変します。これまで全くと言って良いほどやったことの無かった家事をやらなくてはいけないのですから。最初の朝、朝食のフレンチ・トーストをビリーと作りますが、上手くいくはずもなく、もうメチャクチャです。掃除、洗濯、学校への送り迎え・・・。やることなすこと上手くいきません。その上、仕事では、大きな機会を迎えていました。

父子2人の生活はうまくかみ合わず、行き違いやけんかも絶えませんでしたが、少しずつ互いになくてはならない存在になっていきました。

最初は子どもとの関係や世話が上手くいかず、戸惑うテッドでしたが、次第に上手くいくようになっていきます。そんな時、時折頭をよぎるのは、いかに、今まで妻に頼りきりだったか、何もかも任せっきりだったかという想いでした。

そんなある日、1年以上も音沙汰がなかったジョアンナが突如現われて、ビリーを取り戻したいと言ってきます。本作の原題は「Kramer vs. Kramer」。クレイマー対クレイマー。離婚や親権の裁判になると名字が掲示されるためにこのようなタイトルになっています。終盤は不毛にも思える裁判の様子が描かれていきます。そのやりとりさえは、とても悲しくなってきます。

夫婦の関係においては、お互いに向き合うことが大切だったのだろうし、おもいやる気持ちも必要だったに違いありません。しかし、それはもう手遅れ。後悔しても元には戻らないのです。良い親の条件とは何なのか?自問自答するテッド。子どもの話しを忍耐強くこと?愛していればいい?毎日の繰り返しの中で、お互いに愛し、生活を築いていく。その中で、良い関係、親子になっていけばよい。

ズバリ泣き所は最後の朝。ジョアンナに引き取られることとなったビリー。二人で過ごす最後の朝食。かつては失敗したフレンチトーストを父子で作ります。それはもう手慣れた雰囲気で。いつもの朝食の風景。最後なのだからと、笑顔で送り出そうとするテッド。必死に涙をこらえようとするビリー。涙があふれる。止められない。感動的なシーンです。

今回、あらためて鑑賞しましたが、ラストを全く違うモノとして思い込んでいました。途中途中のエピソードは印象的に残っているモノもあるのですが、ラストシーンはどんなカットだったか覚えていませんでした。

余韻のある良いラストシーンだとは思いましたが、そこには想像する余地があるために、この先、いったいどうなっていくのか?と想像させてくれます。どんなカタチにせよ、三人はそれぞれに、幸せになったに違いないと思わせてくれます。しかし、そこには、観る者の個人の経験に依存する部分が多いのも間違いないところなのですが。

夫婦、親子、家族の関係というのは、バランスが大切なのでしょう。個人があって、家族があるのでしょうが、そこには誰かの「妻」であったり、「母」であったり、「娘」だったりと言う立場が絡んできます。仕事も趣味も大切。でも一番大切なのは家族。そのバランスを上手にとりながら個人の存在を忘れないこと。それは非常に難しいのかもしれませんが、出来ないことではないはず。

1979年公開と言うことで、今から30年も前の作品ではありますが、そこに描かれる人物は生き生きとし、個性的で、今でも全く色あせていません。時代は変わっても家族の孕んでいる問題というのはそう変わりがないのかもしれません。

離婚と養育権という、現代社会で避けては通れない社会問題を通して父子関係をハートウォームに描く人情劇。

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「フロスト×ニクソン」私的映画考Vol.197

今日、ご紹介するのは「フロスト×ニクソン」です。ロン・ハワード監督作品(「天使と悪魔」「ビューティフル・マインド」)。脚本・原作・製作総指揮:ピーター・モーガン。出演:フランク・ランジェラ、マイケル・シーン、ケビン・ベーコン、レベッカ・ホール、トビー・ジョーンズ他。第81回アカデミー賞、監督賞、作品賞、主演男優賞(フランク・ランジェラ)他ノミネート作品。

1974年、ウォーターゲート事件で失脚したニクソン大統領(フランク・ランジェラ)。その辞任中継の視聴率の高さに目をつけた英国人気テレビ司会者・フロスト(マイケル・シーン)は、ニクソンへの1対1のインタビュー番組を企画する。ニクソン側も扱いやすいフロスト相手のインタビューを利用して名誉回復するため、法外なギャラで出演契約を結んだ。フロストは事件に対する謝罪の言葉を引き出すべく、ゼルニックとレストンをブレーンに迎え、質問の練り上げ作業に入るのだが・・・。

歴史に疎い私は最近の事件とも言えるウォータゲート事件やニクソン大統領について、名前くらいは知っていましたが、詳細については全く知りませんでした。本作の題材となったニクソン大統領のインタビュー番組があったことも。そして、それが、アメリカ・テレビ番組史上最高の視聴者数をはじき出したという伝説のインタビューだったことも。

英国テレビトーク番組の人気司会者フロストは、英国とオーストラリアで番組をもっていましたが、アメリカ進出をもくろんでいました。一方、汚名返上にかける元大統領は、この番組を足がかりに政界復帰を画策していました。それぞれの思惑を秘めながら、物語は展開していきます。

インタビューにこぎ着けるまでも大変でしたが、いざ、収録が始まってみると、ボクシングの試合さながら、言葉と信念をぶつけ合い熾烈なトークバトルとなります。1ラウンドから3ラウンドまでの判定は圧倒的にニクソン。老獪さと狡猾さを備えた稀代の策士であり弁論家でもあるニクソン。それなりに自信を持っていた野心家のフロストでしたが、たじたじです。

一日目、二日目、三日目と収録が終わった後のニクソンの晴れやかな表情は、策士が満足ゆく結果を得たと言うことでしょう。そして、迎えるラストラウンド。逆転はあるのか?ニクソン優勢のまま、真実に近づくことが出来ずに終わってしまうのか。

駆け引き、頭脳戦は続き、2人の強烈なキャラクターを鮮烈に描いていきます。クライマックスでは、真実に迫り、告白させたフロスト。感情を吐露するニクソン。複雑に揺れ動くニクソン。ニクソンを演じたフランク・ランジェラの威厳と悲哀をにじませた演技は圧巻です。

「大統領が国益のためにやるのなら非合法ではない。」衝撃的な一言。ニクソンの言動はブッシュ政権と彼の権力の乱用についての批判をする際に引用されるくらいですから、在任期間中は国民は直接、間接的に苦しめられていたのかもしれません。

DVDのメイキング映像には実際のインタビュー映像も収録されていますが、雰囲気を再現したセットやニクソンの表情、会話の内容は実に良く緊張感を漂わせています。インタビューをリアルに再現し、さらにドラマティックに映像化された新感覚のエンターテインメント作品。この得も言われぬ迫力はロン・ハワード監督、さすがの技と言えるでしょう。

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「私の中のあなた」私的映画考Vol.196

先日、「私の中のあなた」の試写会へ行ってきました。ニック・カサヴェテス監督作品(「きみに読む物語」)。出演:キャメロン・ディアス(「ホリデイ」「イン・ハー・シューズ」)、アビゲイル・ブレスリン(「リトル・ミス・サンシャイン」「幸せのレシピ」)、アレック・ボールドウィン、ジェイソン・パトリック、ソフィア・ヴァジリーヴァ、ジョーン・キューザック他。

11歳のアナ(アビゲイル・ブレスリン)は、白血病の姉・ケイト(ソフィア・ヴァジリーヴァ)を救うために、臓器を提供するドナーとして“創られて”この世に生まれてきた。母のサラ(キャメロン・ディアス)はある日、アナが両親を訴えるという知らせを受ける。「自分の体は、自分で守りたい。もう、姉のために手術を受けるのは嫌」だと。ケイトの延命のために、愛する家族のために、当然と疑わなかった母は、戸惑いが隠せない。そして、裁判が始まろうとしていた。

白血病の姉・ケイトの臓器提供するためのドナーになるため遺伝子操作をされて生まれてきたアナ。生まれてすぐに臍帯血や血小板の提供に始まり、大きな注射針を打たれ続けていました。幼い頃は、本人の同意も何もなく姉を救うことなのだから当たり前という両親の意思の元、すべては行われてきていました。それでも、アナはケイトを愛していたし、もちろん家族も愛していました。

そんなアナが一体何故、大好きな姉を救うことをやめようと言い出したのか?確かに腎臓を提供すれば、これから迎える青春時代を謳歌することはできないかもしれません。では、ケイトが死んでも良いのか?家族を守る、助けることは大事なことです。でも、姉を助けるために妹を犠牲にしても良いのか?優先順位を付けることはできるのか?非常に難しく微妙な問題です。

家族それぞれの想いを、各自の視点から過去がフラッシュバックするように、物語は美しく、そしてリアルに綴られていきます。訴えられることによって、家族がばらばらになってしまうかもしれない。そんな恐れもあります。そんな中「ビーチに行きたい」というケイトの願いをかなえるために、家族で海に出掛けるシーンが、実に美しく感動的に描かれています。

泣き所は幾度となく訪れます。観る者それぞれの経験により、そのシーンは違うかもしれません。そして、アナの決断の裏には、驚くべき真実が隠されていたのです。それにしても、アビゲイル・ブレスリンは、問題のある家庭の娘を演じさせたら天下一品です。

白血病の姉のドナーとなるべく遺伝子操作によって生まれた妹が、姉への臓器提供を拒んで両親を提訴する姿を通し、家族のありかたや命の尊厳を問いかける感動作。非常に微妙で、非常にシリアスなテーマではありますが、そこから伝わる家族愛をも越えたもっと大きなモノがあるような気がしました。

2009年10月9日公開。

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「その日のまえに」私的映画考Vol.195

今日、ご紹介するのは、大林宣彦監督作品「その日のまえに」です。監督:大林宣彦(「転校生 さよならあなた」「22歳の別れ」「なごり雪」)、原作:重松清、脚本:市川森一。出演:南原清隆、永作博美、筧利夫、今井雅之、勝野雅奈恵、山田辰夫、峰岸徹他。

日野原健大(南原清隆)は売れっ子のイラストレーター。売れない時代から支えてくれた妻のとし子(永作博美)と二人の息子と暮らしていた。ある日、ふたりは昔住んでいた町を訪れる。18年ぶりに訪れた町は懐かしさで一杯。 体の不調を訴えたとし子は、検査の結果、突然の余命宣告を受けていたのだ。二人は相談し、来るべき“その日”を迎える準備を始める。結婚当初に暮らしていたアパートを訪れ、“その日”までの人生をここから始める事にするのだが・・・。

中心になるのは、日野原家ではありますが、原作で描かれているいくつかの物語が、少しずつ絡み合いながら、展開していきます。様々なひとびとの、様々な生と死が交錯していきます。

さらに、宮沢賢治の詩「永訣の朝」が物語をつないでいきます。それを彩るチェロの音色。舞い散る雪。「あめゆじゅとてちてけんじゃ」どこか不可思議なイメージを受ける詩に、メロディが付けられ歌われます。チェロを弾きながら歌うのは謎の青年・くらむぼん君。「永訣の朝」をもって、いくつもの物語が見事に融合されていきます。

見ているうちに、感情移入していき、「その日」が近づいたとき、家族に、友人に何を残せるのか。残されたモノは何を思うのか。と言う思いが駆け巡ります。そして、死にゆくモノが自ら準備をすること、それは残されるモノにとっては、とてつもなく悲しく、むなしく、切ないことなのかもしれません。

印象的なのが、仕事をする健大の使うえんぴつが、テーブルから落ちるシーン。転がるえんぴつは、放っておけばいつか落ちてしまう。あの日、あのとき、ああしておけば良かったのか。後悔が募ります。大切なモノはしっかりと抱きしめていないと零れ落ちてしまう。でも、それは、今ではどうしようもない。これからをどう生きるか。「その日」をいかに迎えるのか、そこが問題。

本作はお涙ちょうだいの難病モノではありません。死を意識したが故に、残された時間を懸命にくっきりと生きてみせようと覚悟をした人と、それを見守る家族の物語なのです。涙はありません。そこには、明るく楽しく生きていた、十分に生きた証をもって、誇らしく、生きる姿があるのです。

しかしながら、永作博美演じるとし子が時折見せる、いたずらっぽい笑顔が、かわいらしくもあり、いじらしくもあり、それが逆に切なく悲しい。一度だけ、とし子が泣きじゃくるシーンがありますが、笑顔との対比として、感動的に描かれています。

ズバリ泣き所は、ラスト30分。感動で涙が止まりません。送る者の使命は、生を褒め称えることで、見送ってあげること。笑って見送ること。それが自分自身できるのだろうか。いくつもの物語が紡ぎ出す命の尊さ。ノスタルジックでファンタジックに描きます。

余命を宣告された妻とその夫が、「その日」までを懸命に生きる姿と、関わる周囲の人々の物語を描く感動作。70歳の新人が新たに描く、これまでの集大成と言わんばかりの「大林ワールド」になっています。

笑っても人生、泣いても人生、一所懸命生きましょう。

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「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」私的映画考Vol.194

先日、「スカイクロラ」をブルーレイディスクで観ました。押井守監督作品。原作:森博嗣。
声の出演:菊地凛子、加瀬亮、谷原章介、竹中直人、榊原良子、栗山千明他。

永遠に年をとらない「キルドレ」のユーイチ(加瀬亮)は、新たにパイロットとして配属となった。過去の記憶があいまいな彼だが、初めて乗る機体も身体に馴染み、エースの座に着く。基地司令のスイト(菊地凛子)はそんなユーイチを複雑な眼差しを向けていた。そんなある日、同僚のパイロット、ユダガワが撃墜され死亡してしまう。墜とした相手は、「ティーチャー」と言う敵のエースパイロットだった。

いつかどこかの世界。戦争らしきモノが行われている。それは、戦争請負企業同士が繰り広げる戦争だった。思春期の姿のまま、永遠に戦い続ける子供たち「キルドレ」。自殺するか、殺されるか、撃墜されることでしか死ぬことのないキルドレ。戦いの中にしか生きているという実感を得ることができない、悲しい存在。そんな切ない感情を押し殺したような人々を、淡々と描きます。

繰り返しの人生。日常は重たくて、湿っぽくて、息苦しくて、耐えられない。生きているのが辛くなるのも、分かる気がします。生きるとはいったい何なのだろう。生きることに意味はあるのだろうかと思えてしまいます。ユーイチは、「明日、死ぬかもしれないのだから大人になる必要はない」とも言います。漠然とでも、終わりがあるから、どんなに辛い人生でも生きていけるのかもしれません。

永遠に続く日常と、非日常である戦闘。雲の上にいるときだけ、本来の自分を実感し、人間として生きる事を感じ、充実感や高揚感を得ているのでしょう。

緻密に書き込まれた背景。CGで描かれた戦闘機。空中戦のスピード感は圧巻です。澄み渡る青空。流れる雲。ブルーレイディスクの映像は鮮明で、雲の濃淡を細かやかに再現しています。スカイウォーカーサウンドが作り出した音響もさすがで、迫力のある戦闘シーンを作り出しています。

繰り返される日常が細部にわたって描かれています。アニメーション作品では希に見る細かな演技が施されていて、そこから伝わる人間らしさが、また痛々しくもあります。

同じ道を歩くような、繰り返しの日常。それでも、観るモノも、歩く場所も違うはず。だからこそ、生きるすべはあるかもしれない。が、何を糧に生きていけばいいのか。何かを変えることができるのか。生きるのが難しく思えるような今の時代。「キルドレ」たちの姿が今の若者たちに重なります。

そして、また、何度目かの戦場が始まる。

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「ある公爵夫人の生涯」私的映画考Vol.193

先日、「ある公爵夫人の生涯」を観てきました。ソウル・ディブ監督作品。出演:キーラ・ナイトレイ(「つぐない」「プライドと偏見」)、レイフ・ファインズ(「愛を読むひと」「ナイロビの蜂」)、シャーロット・ランプリング、ヘイレイ・アトウェル、ドミニク・クーパー他。第81回アカデミー賞衣裳デザイン賞受賞作品。

18世紀後半、イギリス。貴族の家に生まれたジョージアナ(キーラ・ナイトレイ)は、世界で最も裕福な貴族の一人、デヴォンシャー公爵(レイフ・ファインズ)のもとに嫁ぐ。しかし、公爵は妻に特に愛情を示すこともなく、「世継ぎ=男児を産むこと」だけを彼女に望むのだった。さらに公爵は愛人が産んだ幼い娘の世話をジョージアナに押し付け、その後、彼女が産んだ娘には何の興味も示そうとはしなかった。

結婚に理想を描いていたジョージアナは、まもなく厳しい現実に直面します。夫からの愛を感じることさえなく、ただ、世継ぎを産むことが結婚の目的なのでした。まもなく子宝に恵まれはしましたが、女の子が続き、男児を産むことにはなりませんでした。

同じく結婚に苦労していた友人・エリザベスが同居することになりますが、いつしか、夫と関係を持つようになってしまいます。この時代の貴族は何でもありなんですね。当主が強権を発動したら、どうしようもありません。なすすべなく従うしかないのです。怖い怖い。自由とはいったい何なのか、というのがテーマの一つにはなっているのでしょうが、時代がそうさせたのか、理想と現実はほど遠いものなのです。

映像としてボケミを効果的に使っています。背景をボケさせたり、手前人物をボケさせたりというシーンは、いくつかありますし、窓ガラスからのぞき見る風景、人物がかすんで、ぼやけて見えるシーンは印象的でした。最初は、この時代の窓ガラスはこういうものなのかと思っていましたが、途中でハタと気づきます。この映像は、かごの鳥が自由な世界を垣間見た様子を表現してるのではないかと。

自由な夢のある生活を描いていたジョージアナでしたが、現実の生活は夢も希望もない、抑圧された生活でした。夢見る世界は現実には存在しないのです。それが、たとえ不幸な結婚だったとしても。

イギリス中の人々から愛されたジョージアナ・スペンサーは、ダイアナ元王太子妃の直系の祖先でもあるんだとか。実話の映画化だけに、さらに怖い思いは増します。華やかな生活の中で抑圧さて続けましたが、真実の愛を求め続けたジョージアナ。スキャンダラスな貴族社会が描かれていますが、ラストには少しだけ救いもあり、ホッとします。

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「愛を読むひと」私的映画考Vol.192

先日、「愛を読むひと」を観てきました。スティーヴン・ダルドリー監督作品。原作:ベルンハルト・シュリンク(「朗読者」)。出演:ケイト・ウィンスレット(「レボリューショナリー・ロード」「リトル・チルドレン」「ホリデイ」)、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス、レナ・オリン、アレクサンドラ・マリア・ララ、ブルーノ・ガンツ他。第81回アカデミー賞主演女優賞受賞。

1958年、ドイツ。15歳のマイケル(デヴィッド・クロス)は、気分の悪くなったところを21歳年上のハンナ(ケイト・ウィンスレット)に助けられる。二人はベッドを共にするようになり、やがて、ハンナはマイケルに本の朗読を頼むようになる。マイケルの愛にも似た想いは深まっていくのだった。しかし、ある日突然、ハンナはマイケルの前から姿を消してしまう。数年後、法学専攻の大学生になったマイケルは、ハンナと法廷で再会する。ハンナは第二次大戦中の罪に問われていた。ある秘密を隠し通そうとしたために・・・。

過去と現在を行き来しながら物語は展開していきます。50代になっていたマイケル(レイフ・ファインズ)は、結婚も離婚も経験し、孤独な生活を送っていました。人間関係をうまく作れないマイケル。それは家族に対してでもでした。思い起こすのはハンナとの思い出の日々。少年時代、誰もが抱くであろう、年上の女性へのあこがれ。確かに愛に似た想いだったのかもしれませんが、それは一方的な感情だったのでしょうか。

そして、時は流れ、突然の再会。法科専攻の大学生になっていたマイケル。裁判の傍聴に行った時、被告としてそこにハンナがいたのです。判決の時が迫ります。マイケルだけが知っているハンナの秘密。それを告白すればハンナは助かるかもしれない。苦悩、葛藤するマイケル。それを見て担当教授(ブルーノ・ガンツ)は導こうとしますが・・・。

1950年代60年代と時代は進みます。ドイツの町並み、路面電車、美しい農村風景、マイケルの家族たち。時代を感じさせるとともに、暖かささえも感じます。対照的に描かれる1980年代90年代の映像は、どこか冷たささえ感じます。そこで生きるマイケルもまた、悲しく憂いのある表情で、孤独さを感じるのでした。それほど、ハンナとの思い出が、抱いた思いが、マイケルを変えてしまったのでしょう。

後半は大胆に脚色され、再会後のハンナとマイケルの愛を、より深く、より確実にしていく過程を描いています。確かに、それは愛だったのでしょう。想いが楽しさが伝わってきます。戦争の傷跡は、深く心をえぐり、人生を変えてしまうのでしょう。心を閉ざしてしまったかのようなマイケルは、苦悩の人生を送り、それは贖罪にも見えます。それでも、やり直そうと、一歩、前に出ます。

少年時代の恋、時が過ぎ再会した男と女が朗読を通して愛を深めあっていくラブストーリー。

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「ターミネーター4」私的映画考Vol.191

先日、「ターミネーター4」を観てきました。マックG監督作品。出演:クリスチャン・ベイル(「ダークナイト」)、サム・ワーシントン、アントン・イェルチン(「スター・トレック」)、ムーン・ブラッドグッド、コモン、ブライス・ダラス・ハワード、ジェーン・アレクサンダー、ジェイダグレイス、ヘレナ・ボナム=カーター他。

“審判の日”を回避すべく戦ってきたジョン・コナーだったが、その日は来てしまった。そして、2018年。30代となったジョン(クリスチャン・ベイル)は、抵抗軍の中枢としてマシンとの戦いの日々に没頭していた。ある日、マシンをコントロール出来るという情報を得たジョンは、総攻撃に備えていた。が、マシンの暗殺リストの筆頭に、カイル・リースの名があることを知る。父であるカイルが殺されてしまっては歴史が変わってしまい、未来の存在自体が危ういことになってしまう。囚われのカイルを救い出すことが出来るのか?

これまでのシリーズでは、現代が舞台で、サラ・コナーやジョン・コナーを暗殺するために、未来からターミネーターが送り込まれてくると言う物語でした。が、審判の日は回避することは出来ず、人類滅亡をもくろむスカイネットの攻撃が始まってしまいます。地球は全土に渡って荒廃し、生き残った人々は地下に潜り、人間狩りにおびえ、少なからず抵抗を続けていました。

伝説の戦士となっていたジョン・コナーも30代となり、抵抗軍の中枢で戦いに明け暮れていました。そこに、現れたマーカス・ライト(サム・ワーシントン)と名乗る男。自分は人間だと言い張りますが、身体のほとんどは機械でした。過去の記憶もありますが、現在の状況がよく分かっていません。マシンはマシン、敵に相違なく、殺そうとしますが、カイルを救い出すためには必要と協力させますが・・・。

スカイネット側は第1作に登場したT-800よりも前のバージョンのT-600が主流で、他にもバイク型、水中型、捕獲用巨大ターミネーター等々が次々に登場します。バイク型ターミネーターは高速で突っ走り、かなりのスピード感があります。CGも確かに多いですが、アクションシーンでは実写が多く使われていて、迫力満点で、見応えがあります。

ジョンをとりまく女性たちは、強く、たくましく、そして母性を感じられます。亡き母・サラ・コナーの面影を彼女たちに重ねていたのかもしれません。ジョンの妻・ケイトは妊娠中。運命の子となるのか?今後の展開が気になります。

人間とマシンとの間で葛藤するマーカス。人間とマシンとでは何が違うのか?人間の強さを決めるのはこころ。だからこそ、人類の未来のため、過去のため戦い続ける。「ターミネーター」シリーズ新3部作の第1章。抵抗軍の真の指導者となるまでのジョン・コナーの戦いを描く本作。大迫力、大音響での鑑賞をオススメします。ぜひ、劇場で。

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「スター・トレック」私的映画考Vol.190

先日、「スター・トレック」を観てきました。J.J.エイブラムス監督作品(「LOST」「M:I-Ⅲ」「クローバーフィールド」)。出演:クリス・パイン、ゾーイ・サルダナ、ザッカリー・クイント、カール・アーバン、エリック・バナ、ウィノナ・ライダー、サイモン・ペッグ他。

ジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)が連邦の宇宙艦隊に入隊して3年。USSエンタープライズに乗ることに成功したカークだったが、船内のトラブルメーカーになってしまう。それが気に入らないスポック(ザカリー・クイント)。その頃、未来の超兵器を使って、バルカン星を破壊しようとする謎の巨大戦艦が迫っていた。いがみ合いながらも、成長を遂げていく、青年ジェームズ・T・カークとスポック。エンタープライズ号とその英雄的船長誕生の物語。

少年時代から無鉄砲で血気盛んなカーク。ハチャメチャな行動はエンタープライズに搭乗してからも続きました。対立する若きスポック。バルカン人と人類の混血児として悩みを多く抱えた少年時代。エリート士官として成長した今は信頼も厚くエンタープライズの中心的人物。

クリス・パイン演じるカークは、良い目をした青年。力強い目線は、巨大な宇宙船を指揮し、多くのいのちを預かる人物にふさわしい。時にルールを無視し、奇想天外な作戦を思い付き、そして実行する。理論で迫るスポック幾度となく対立するカーク。そして、それがいつしか、信頼となっていきます。

これまで、劇場版の「スタートレック」シリーズをあまり観たことがありませんでした。シリーズお約束の地球型惑星や敵の宇宙船内への転送ばかりで、どうにも、あの「転送」と言う機能を受け付けられませんでした。子供の頃には「宇宙大作戦」に胸を躍らせていたこともあったのですが。ところが、本作では転送に失敗する事もあり、リアルに描かれていて機能を上手に使っていました。

臨場感溢れるスピーディーなアクションシーンはさすがで、緊張感を煽ります。巨大なエンタープライズ号を表現するように、外観を動き回るカメラ。VFX映像が多用されていますが、アングルが格好良く、見たこともない映像が次々と現れます。

物語は過去から現代、未来が複雑に絡み合い、若干難解さを感じるモノの、テンポの良さに圧倒され、見応えのある作品になっています。理論を捨て、正しいと信じることを行えば良い。それが、信頼に変わるのだから。そして、人生に意義を持てるような生き方を。

1960年代から続く人気シリーズ「スター・トレック」を再構築し、ジェームズ・T・カークの若き日を描くスペース・アドベンチャー。同スタッフ・キャストで続編も期待したい作品。

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「スラムドッグ$ミリオネア」私的映画考Vol.189

先日、「スラムドッグ$ミリオネア」を観てきました。ダニー・ボイル監督作品。出演:デヴ・パテル、アニル・カプール、イルファン・カーン、マドゥル・ミッタル、フリーダ・ピント他。第81回アカデミー賞作品賞、監督賞他受賞作品。

インド。スラム出身のジャマール(デヴ・パテル)は人気番組「クイズ$ミリオネア」に出演していた。あと1問で2000万ルピーを手にできるというところで、時間切れ。翌日に繰り越すことになった。これを面白く思わない番組のホストは警察に連絡し、ズルをしたと、詐欺容疑で逮捕され警察署で警官の厳しい尋問を受けることになってしまう。そして、問題の答を知ることになった自分の過去を話し始めるが・・・。

ジャマールは、インドのスラム出身。幼い頃に母を亡くし、兄・サミール(マドゥル・ミッタル)と共に強くたくましく生きてきました。辛く悲しいこともあったし、喧嘩もしたし、悪いこともした。それでも、毎日を楽しく生きていました。いつしか出会った少女・ラティカ(フリーダ・ピント)にほのかな恋心も抱いていました。そして、ジャマールは成長していきます。

クイズ番組を追いながら、何故その答えを知り得たのかを、ジャマールの過去を描きつつ、物語は展開します。そこで描かれているのはインドの現実。貧富の差が激しく、貧しい者はその日を生きることが大変です。サミールはどんなことをしてでも、いつか成り上がってやろうと考えています。そんな兄を心配しながらも、付いていくしかないジャマール。そして、兄弟の別れの時がやってきます。

成長していくジャマール。いつも心にあったのは、1人の少女の姿でした。そして、どんなことがあっても少女・ラティカを追い続けていくのでした。3人の少年少女の運命は・・・。

ジャマールの数奇な運命を垣間見る内に、時に微笑み、時に目を覆わんばかりの悲劇が彼を襲います。しかし、それがインドの現実。ドキュメンタリーではないとはいえ、これに近いことが実際に起こっているのでしょうから、実に悲しいことです。

皆、現実の生活から抜け出そうともがき苦しんでいます。だからこそ、夢を見たい。夢を追いかけることが出来る人は、それだけでも幸せなことなのでしょう。それは愛する人を追い求めるのであれば、それもまた幸せなのかもしれません。

3人の生き様に無邪気さを感じながらも、そこには純愛がありました。加えて、欲望や、社会の歪みといったものが絡み合い、現実の厳しさが描かれています。伏線もきっちりとひかれ、ドラマは最終問題へ。生命力に満ちあふれ、疾走感を受け取り、元気になれるような気がする作品になっています。諦めず努力をすれば、運命は微笑んでくれる。

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「アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン」私的映画考Vol.188

先日、「アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン」を観てきました。トラン・アン・ユン監督作品。出演:ジョシュ・ハートネット、木村拓哉、イ・ビョンホン、トラン・ヌー・イェン・ケー、ショーン・ユー、イライアス・コティーズ他。

シタオ(木村拓哉)という青年が失踪し、彼の父の依頼により、元刑事の探偵クライン(ジョシュ・ハートネット)は捜索を開始する。手がかりは、名前と年齢、数枚の写真だけ。シタオの足跡を辿り、LAからフィリピン、そして香港へと辿り着くクライン。そこで刑事時代の仲間メン・ジーと共にシタオの足取りを追っていく。香港マフィア・ドンボ(イ・ビョンホン)と警察の抗争、壮絶な逃走劇に巻き込まれながら捜索を続けるクラインは、シタオを探し出すことが出来るのか・・・。

クラインのトラウマとなった過去の事件が、今回の捜索に色濃く影響を及ぼしていきます。連続猟奇殺人鬼の犯人との回想シーンが何度も悪夢のように現れ、クラインを精神的に追い詰めていきます。ついには犯人と同化してしまうクライン。今回もまた・・・。

フィリピンで殺されたというシタオ。しかし、シタオは生きて香港にいた。なぜ?クラインは手掛かりを辿ってシタオに近づきます。シタオには、他人の痛みを身代わりとなって引き受けるという不思議な力を持っていたのでした。また、不死でもあるかのよう。そして、人々を癒し続けていたのでした。

ミスをした部下をなぶり殺すドンボの冷徹さ。自分の心の痛みを、ハンマーで殴り続けることによって癒しているかのようでした。反面、心から女性を愛していました。それもまた癒しなのでしょうか。

それぞれに地獄を見てきた三人の男が、香港で追走劇を繰り広げます。そこに描かれているのは「苦痛」でした。人類の苦痛は驚異であり、それこそが世界で一番美しいモノなのかもしれません。苦しみから痛みから逃れるため、癒しを求め赦しを請う人々。キリストの存在。苦痛こそが人間にとって最も尊いものではないのでしょうか。シタオの得た能力、シタオの使命は、神の試しなのでしょうか?その誰もが持っている苦痛を癒す姿こそが、世界で一番美しいモノなのでしょう。

いらだたしいまでの焦燥感、そこはかとない緊張感、そして神々しいまでの美しさ。人間とはなんと弱いものなのでしょうか。三人の男が出会うとき、ドラマは動き出す。

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「天使と悪魔」私的映画考Vol.187

先日、「天使と悪魔」を観てきました。ロン・ハワード監督作品(「ビューティフル・マインド」「バックドラフト」)。原作:ダン・ブラウン。出演:トム・ハンクス(「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」「アポロ13」)、アィエレット・ゾラー、ユアン・マクレガー(「彼が二度愛したS」「ミス・ポター」)、ステラン・スカルスガルド他。

ハーヴァード大学の宗教象徴学教授のロバート・ラングドン(トム・ハンクス)。ある日、秘密結社・イルミナティの復活の証拠を見せられ、ヴァチカンに赴く。そして、カトリック教会=ヴァチカンに致命的な脅威が迫っていることを知る。イルミナティの計画が密かに進行していることを突き止めたラングドンは、400年の歴史を持つ古代のシンボル=暗号をたどりながらヴァチカンを救う唯一の手掛りを探っていくが・・・。

コンクラーベ(教皇選出選挙)が行われる中、科学者たちの秘密結社イルミナティの復讐が始まり、ヴァチカンを危機に陥れる自体になります。有力候補の4人の枢機卿が誘拐され、一人また一人と犠牲になっていきます。手掛かりを掴んだラングドンでしたが、時間が足りません。そして、反物質を利用した時限爆弾のタイムリミットが迫ります。ラングドンは、このピンチを救うことができるのか?

前作「ダ・ヴィンチ・コード」では、キリストにまつわるダ・ヴィンチの暗号に迫りましたが、今回は科学対宗教の400年闘争とも言えるイルミナティにまつわるガリレオの暗号を追いかけます。イルミナティの真の目的は?犯人の正体は?

前作に比べ、アクションも多めでよりエンターテインメント性が増しています。宗教を題材にしていますので、その意味の深さを理解することは難しいかもしれませんが、そこに描かれる人々の信仰心や欺瞞、愚かさは感じられるような気がします。

本来、宗教と科学は、融合すべきものだったのかもしれませんが、過去には宗教が科学を否定した歴史もあったのでしょう。確かに宇宙創世の秘密を科学が解き明かしたら、宗教の存在自体が危ぶまれるのかもしれません。

冒頭の加速器を使って反物質を生成する下りはリアルで、なんだかワクワクしてきますが、それが事件に深く関わっていきます。反物質は”神の粒子”とも言われ、宇宙を創ったのかもしれませんが、それがこの事件に関連していくのが、興味深いところです。

宗教に欠点があるのは、人間に欠点があるからであり、両方が補完しあって、成立していくのかもしれません。本作で描かれる人物たちは、一見、良い人が悪で、悪い人が善だったりという演出が意図的に為されているのでしょうが、人間の中にある天使性と悪魔性は表裏一体なのでしょう。そして、狂信的な信仰は、人間の愚かさを極端に表現しているのかもしれません。

ユアン・マクレガーやステラン・スカルスガルド等々、実力派俳優たちの共演も見応えがありますし、緊張感のある演出はロン・ハワード監督お得意の所ですが、サスペンスとしてもアクションとしても楽しめる歴史犯罪ミステリーとなっています。

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「フリーダム・ライターズ」私的映画考Vol.186

今日、ご紹介するのは、「フリーダム・ライターズ」です。リチャード・ラグラヴェネーズ監督作品。出演:ヒラリー・スワンク(「P.S.アイラヴユー」「ミリオンダラー・ベイビー」)、イメルダ・スタウントン、パトリック・デンプシー(「魔法にかけられて」「近距離恋愛」)、スコット・グレン、マリオ他。

1994年、カリフォルニア州ロングビーチ。様々な人種が通うウィルソン高校の203教室に、新任の国語教師エリン(ヒラリー・スワンク)が赴任した。初日、教壇に立ったエリンを完全に無視し、喧嘩を始める生徒たち。家の中でも外でも危険に晒されている生徒たちにとって、真珠のネックレスをした白人の教師は敵でしかなかった。エリンは、自分の小遣いで生徒全員にノートを買い与え、現在のこと過去のこと未来のこと何でも良いから、自分のことを書くように伝える。生徒たちは次第にエリンに少しずつ心を開いていくが・・・。

1992年に起こったロス暴動から2年後の1994年。新任教師であるエリン・グルーウェルは理想に燃えて教壇に立つものの、その教室の現実に戸惑うばかり。人種間の対立が極限状態となったロス暴動。その後、高校も開放され人種による制限がなくなってはいましたが、学校内での人種間のいがみ合いは続いていました。人種ごとに集まり、人種間でいがみ合う生徒たち。外に出れば戦争だと言います。

学校側も生徒たちには悲観的です。優秀な生徒たちを引き上げることしか考えていません。教材としてどんなに本を与えても意味がないとまで言われてしまいます。夫や父親もまた否定的で、やり過ごせばいいと。

何とかしなければ、このままではいけないと一念発起するエリン。お互いを理解することで、生徒たちのわだかまりをなくそうと、あれやこれやと仕掛けていきます。アルバイトを始めポケットマネーで生徒たちが共感できる題材の本を買い与えたり、ホロコーストさえ知らない子供たちを、自分の車で博物館に連れて行き、広い世界を見せたのでした。

そして、生徒たちにノートを与えます。そこには、現在のこと過去のこと未来のこと何でも良いから、自分のことを毎日書くようにと。もちろん、採点の対象でありません。先生に読んで欲しければロッカーに入れておくようにとも。おそるおそるロッカーを開けるエリン。そこには、沢山のノートが置かれていました。ひとりひとり、何かを抱え生きている生徒たちの現実を、あらためて思い知るエリンでした。

次第に心を開き、お互いを理解しあって行く生徒たち。エリンとも理解しあい、先生として尊敬するまでになっていきます。そして、学校、授業態度、私生活と様々なモノが変わっていきます。それが、現実の世界に広がればと思うほどに。

ズバリ泣き所は、後半です。後半は感動で溢れ、涙がこみ上げてきます。特に、「アンネの日記」に感銘を受けた生徒たちが、アンネを匿ったヒース氏を学校に招くシーン。ユダヤ人として人種差別を受けたアンネに、自分達を投影する生徒たち。自分達の抱える問題に対して、どう対処すればいいのか、何をするべきなのか、感慨深いシーンになっています。

英雄ではなく、みんな普通の人々なのだから、それが正しいのであれば、当たり前のことを普通にすること、やるべき事をやることが大切なんだと。それは優しさであったり、努力であったり、どんなことでも良いのです。ひとりひとりの、それなりのささやかな力で希望の光を灯すことができるですから。それが、どんなに暗い世界だとしても。

1人の熱意ある新米女性教師と書くことで心を開き、絆を深めていく生徒たち。そして、奇跡を巻き起こしていく様子を、実話に基づいて感動的に綴った学園ドラマ。そこには、教育の本質があったに違いありません。

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「ミルク」私的映画考Vol.185

先日、「ミルク」を観てきました。ガス・ヴァン・サント監督作品(「小説家を見つけたら」「グッド・ウィル・ハンティング」)。出演:ショーン・ペン(「ミスティック・リバー」「アイ・アム・サム」)、エミール・ハーシュ(「イントゥ・ザ・ワイルド」)、ジョシュ・ブローリン(「ノー・カントリー」)、ジェームズ・フランコ(「スパイダーマン」)、ディエゴ・ルナ他。第81回アカデミー賞主演男優賞、脚本賞受賞作品。

1972年、ニューヨーク。金融や保険業界で働いていたハーヴィー・ミルク(ショーン・ペン)は、20歳年下のスコット(ジェームズ・フランコ)と出会い、意気投合。二人は新天地を求めてサンフランシスコに移り住み、小さなカメラ店を開店した。その店は同性愛者やヒッピーたちのよりどころとなり、ミルクは彼らを快く思わない保守派に対抗した新しい商工会を結成していく。そして、いつしかゲイの生きよい社会環境を目指し、政治的により関わりを深め、市政委員に立候補するが・・・。

ストーリーや描かれるテーマもさることながら、ゲイである事を公表しながら公職に就いたハーヴィー・ミルクを演じたショーン・ペンの演技に大注目の作品です。ただ、なよなよするだけではなく、細かな演技というよりとてもナチュラルな仕草によって、それ”らしく”見えるから、さすがです。

ゲイの公民権のために、市民のために戦い続けたミルク。今から30年ほど前に実際にあった出来事。まったく知りませんでした。人種差別問題を取り上げた映画はありますが、ゲイ差別を取り上げた作品は観たことがありませんでした。

取り上げにくい題材だったのでしょうし、公開に際しても配慮が必要だったのかもしれませんが、様々な差別が横行している現実に目をつむってはいけないのでしょう。なにより、人間はその嗜好にかかわらず、すべてが平等であるべきなのですから。本作で描かれているテーマに触れることによって、すべての人々が抱えている問題をさらけ出すことになり、考えさせられていきます。

よりよい明日への希望のために戦ったミルク。希望がなければ人間は生きていけないのだから。そして、ミルクの歩いた足跡は今も人々の希望として輝き続けている。その当時の実際の映像を交えながら、ミルクの辿った政治活動を追い、恋人との別れや死、そして、48年間という短くも、情熱に溢れ、突っ走った生涯を暖かくも優しいタッチで描く作品。

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「ペネロピ」私的映画考Vol.184

今日、ご紹介するのは「ペネロピ」です。マーク・パランスキー監督作品。出演:クリスティーナ・リッチ(「スピード・レーサー」)、ジェームズ・マカヴォイ(「ウォンテッド」「つぐない」「ラスト・キング・オブ・スコットランド」)、キャサリン・オハラ、リチャード・E・グラント、リース・ウィザースプーン(「ウォーク・ザ・ライン」)他。

社交界でも注目を浴びる名家・ウィルハーン家。先祖が受けた呪いのために、ブタの鼻と耳を持ったペネロピ(クリスティーナ・リッチ)が生まれる。両親はペネロピを死んだ事にして、娘をマスコミや世間から守った。その後、ペネロピは、屋敷の中だけでスクスクと成長していった。一族にかけられた呪いを解く方法は、名家の人間にペネロピを愛してもらうしかないのだ。何度、お見合いをしても、相手の男性は彼女の顔を見て逃げ帰るだけ。しかし、そこに、名家の男性・マックス(ジェームズ・マカヴォイ)が現れるが・・・。

ペネロピは大きなコンプレックスを抱え、家の中だけで生きてきました。家族以外の人間と合うこともなく、自分だけの世界に閉じこもって生きていたのでした。失恋の痛手からか、ペネロピは家出をします。マックスに会いたい一心だったのかもしれません。

初めて見た外の世界、目の前に広がる未知なる世界は輝かんばかりに夢に満ちあふれていました。見るモノ全てが新鮮で、楽しくてたまらないといった感じ。その背景に、ペネロペへの愛を奏でるマックスのピアノ演奏が心に染みます。

そして、友人もできます。リース・ウィザースプーン演じるこの友人がまた良い味を出しています。常にマフラーで鼻から下を覆っているペネロピ。何かあるだろうなとは思ってはいましたが、問い詰めることもなく普通に接してくれました。しかし、ある事件をきっかけに、正体がばれてしまい、街はパニック状態になってしまいます。

ペネロピの部屋は「アメリ」を彷彿とさせる不思議空間。 カラフルでロマンティックなセットやファッション等々、観ているだけでも楽しくなってきます。それに、ペネロピは両親が思っているほど、自分の鼻を卑下していませんでした。そりゃあ、人とは少し違うかもしれません。でも、人前に出られないほど、そんなに悪くはない。前向きさを感じます。

そして、クライマックス。ある名家の男性と結婚することになりますが・・・。果たして、呪いは解けるのか?マックスへの愛は?

ありのままの自分を受け入れること。自由に生きるためには、自らの力で、意志で、道を切り開かねばならないことの大切さを感じつつ、ペネロピの勇気に励まされ、パワーをもらえる作品。コンプレックスに悩む女の子を応援するファンタジック・ラブストーリー。

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「グラン・トリノ」私的映画考Vol.183

先日、「グラン・トリノ」を観てきました。クリント・イーストウッド監督作品(「チェンジリング」「父親たちの星条旗」)。出演:クリント・イーストウッド(「ミリオンダラーベイビー」)、コリー・ハードリクト、ブライアン・ヘイリー、ブライアン・ホウ、ジェラルディン・ヒューズ、ドリーマ・ウォーカー、ビー・ヴァン他。

フォードの組み立て工として長く勤めていたウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)。長年連れ添った妻を亡くし、息子の家族たちとも疎遠で、愛犬デイジー以外に信頼できる相手はいない。そして隣家に住むアジア系少数民族のモン族一家を嫌悪していた。ある晩、何者かが自慢のグラン・トリノを盗みに入った。それは、盗みを強要された内気なモン族の少年・タオ(ビー・ヴァン)だった。ウォルトとタオの交流が始まり、二人の間に少し奇妙な友情が芽生えていくが・・・。

引退後は、変化のない決まりきった生活を送っていたウォルト。何もかもすべてに怒りを覚えるウォルトは、絵に描いたような偏屈じじいと言った感じ。息子たちとも折り合いが悪く、自ら距離を置くような言動。人種差別的発言が多いのも、特徴的。特に隣人のアジア系少数民族モン族の一家は気にくわない。

説教じみた口調に出てくるのは朝鮮戦争従軍経験。何かと言っては「朝鮮では・・・」と始まります。亡き夫人とウォルトを教会へ向かわせるようにと約束したという若い神父・ヤノヴィッチ(クリストファー・カーリー)。生と死についてウォルトに説こうとしますが、とりつく島がありません。

そんなある日、ヴィンテージカー「グラン・トリノ」を何ものかが盗もうとします。犯人は隣家のモン族の少年・タオでした。気の優しいタオでしたが、従兄がチンピラグループに引き入れようと強引にテストをした結果でした。警察に届けることもなくウォルトは何事もなかったように過ごします。

そして、それを知ったタオの母親は、お詫びにタオに奉仕活動をさせてくれとウォルトに願い出ます。気むずかしいウォルトと心優しい少年タオとの交流が始まります。次第にうち解けていくウォルト。まるで父と子のよう。工具に興味を持ったタオに、工具を与え、仕事を紹介し、様々なアドバイスをしていき、一人前の男にしてやろうとするのでした。しかし、チンピラとのトラブルは日に日に増していくき、そして、、、。

積極的に人々と関わることなく、ただ人生が静かに終わるのを待つような生活を送っていたウォルトでしたが、タオやその姉・スー(アーニー・ハー)と心の交流を重ねていくようになり、生活に張り合いがでていきます。文化の違いはあれど、そこには、どうにもならない身内よりも、暖かく優しく、心やすらぐ赤の他人たちがいたのでした。

やがて、ふたりの間に芽生えた奇妙な関係。それは友情と言えるのでしょう。ある事件をきっかけに、ふたりは復讐することを決めます。それまでの数時間のウォルトの行動は、何かを残そうとするかのように、やり残したことをすべてやり尽くすように見えました。

そして、ウォルトは心のやすらぎを得る事ができたのでしょう。今までの人生を、自分の抱いていた偏見や人との接しに葛藤するウォルトの姿を通して、見つめ直す事ができました。何が幸せなのかは人それぞれでしょうが、きっとウォルトは何かを残せて、幸せだったのでしょう。タオにとっては、出会いが、人生を大きく変えていく瞬間でもありました。

アメリカに暮らす少数民族を温かなまなざしで見つめた感動作。いつもながら、クリント・イーストウッド監督作品には優しさを感じます。

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「ブレス」私的映画考Vol.182

今日ご紹介するのは「ブレス 」です。キム・ギドク監督作品(「絶対の愛」「」「うつせみ」)。出演:チャン・チェン、パク・チア、ハ・ジョンウ他。

死刑囚のチャン(チャン・チェン)は、キリで喉を突いて自殺未遂を図り、声を失った。夫と幼い娘と優福に暮らす主婦のヨン(パク・チア)は、ある日夫の浮気を知る。まったく悪びれる様子のない夫に怒りを覚えたヨンは、テレビのニュースで知った死刑囚チャンの自殺未遂に不思議な同情を覚え、彼に会うために刑務所へと向かう。面会を果たしたヨンは、次第に彼に惹かれていくが・・・。

残されたわずかな時間にまったく未練はないチャン。衝動的に何度か自殺を図ります。声を失い、台詞はまったくありません。同房の男たちも、また口数が少なく、そこには様々な想いもあるようです。熱い瞳で見つめる若い囚人も。

一方、主婦のヨン。夫の浮気を知り、どこかふさぎ込んでいるよう。静かに怒りをふつふつとたぎらせているごとく、狂気冴えも感じられます。

洗濯物の夫のワイシャツを、静かに放り投げるシーンがあります。最初は不可抗力かと思いましたが、そうではなくわざと落としてるようでした。慌てる様子もなく、ゆっくりと拾いに行きますが、偶然にも車が通り抜け、下敷きになります。そして、汚れたワイシャツをじーっと見つめ、何をするかと思えばおもむろに屋外にあるゴミ箱へ。怒りを露わにするのではなく、静かにジワジワと忍び寄る怒りを通り越し、憎悪となっているようでした。

狂気ともとれる行動は続きます。偶然知った自殺未遂をおこした死刑囚。ヨンは真っ白で殺風景な刑務所の面会室を、四季折々の写真を大きく印刷し壁紙を貼り付け、極彩色の美しい部屋へと変えていくのでした。春、夏、秋。真冬の寒さが身に染みる季節が、まるでふたりの思い出を懐かしむように語り合うかのようなシーンに変わっていきます。

短い時間を過ごすふたり。それを監視カメラの映像からじっと見つめる刑務所長らしき男。楽しむかのような意志を感じます。目的は最後まで明かされません。

全編を通して、いつもながら台詞が少なめで、状況説明的な台詞は皆無です。感情表現もまた表情で推し量るしかなく、解釈は観る人によって異なるかもしれません。それでも、そこに生きる人々の想いや愛にも等しい感情が痛いほど伝わってきます。

そして、ラストシーン。それは、本当に愛なのか、それとも哀れみなのか、同情なのか。嫉妬から来る憎悪、それが究極の愛なのか。なんとも言えないもどかしさを感じます。同情、そして、復讐心から自分を貶めているのか。それが愛に変わる。そして、呼吸を止めさせる事も愛なのだろうか。キム・ギドク作品を観ていると、愛とはいったい何なのだろうと考えさせられてしまいます。

自殺願望のある死刑囚と、夫の浮気に絶望する主婦の奇妙な関係を描きつつ、生と死、そして愛を綴る人間ドラマ。

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「コラムニスト:サラの選択」私的映画考Vol.181

今日、ご紹介するのは、「コラムニスト:サラの選択」です。マイケル・ランドン・ジュニア監督作品。出演:リサ・ペッパー、アビゲイル・メイソン、ソレン・フルトン、ダニエレ・チャクラン、エリオット・グールド、テス・ハーパー、タナー・マグアイア、ベイリー・マディソン他。
      
スランプに苦しむ新聞コラムニストのサラ(リサ・ペッパー)。ある日、結婚してアーミッシュの一員となっていた姉の訃報が届く。葬儀に赴いたサラは、姉の5人の子供たちには、自分以外、身元引受人がいないことを知らされ、引き取るか、施設に預けるかを悩む。苦し紛れにアーミッシュだった姉の葬儀について書いたところ、たちまち大評判になる。成り行きと下心から、子供たちを引き取って都会で育てるサラだったが・・・。

冒頭、極めて牧歌的な描写から始まります。馬車の登場で、ちょっと昔の話なんだなあと勝手に思ってしまいます。ところが、現代の話しなんだと分かります。

そもそも、アーミッシュと言う言葉・存在を知りませんでした。アーミッシュはプロテスタントの一派であり、現代文明を拒否して電気や車を使わず、馬車を用いて、おもに農業を営む生活をしていてます。一様に地味な服装をしていて、それは信仰の表れなのでした。

そんなアーミッシュの子どもたちは、大都会へと引っ越します。見るモノ全てが初めてのモノで、驚きは隠せません。しっかり者の長女リディ(アビゲイル・メイソン)から、末っ子のハンナ(ベイリー・マディソン)までの5人姉妹。女3人男2人。学校へと通いますが、生活信条の違いから、いじめにもあったりします。しかし、子どもたちにも変化が・・・。

子どもたちのことを書いたコラムは人気連載となりますが、そのことを内緒にしていたサラは、思いもしない結果を招いてしまいます。サラを支えるのは恋人のビル(エリオット・グールド)。プロポーズしようにも子どもたちとの生活が目の前にあり、なかなか言い出せません。

しかし、子どもたちの真摯な眼差し、言葉に気づかされることも多く、次第に気持ちが変わっていくサラ。姉とは疎遠になってはいたモノの、姉妹の絆はしっかりと繋がっていました。

ズバリ泣き所は、終盤。次々と訪れます。ある事件をきっかけに、サラと兄妹たちはより深く結びつきます。そして、お互いの幸せのために選択をするサラ。感動的なラストへと向かいます。

幸せのカタチは人それぞれで、どこでどんな暮らしをしていても、愛すること信じることを忘れなければそれで良いに違いありません。時にして選択を迫られるのは人生の常ですが、その時の優先順位をどう付けるのか、人生において何が大切なのかをあらためて感じさせてくれる作品でした。その後の新しい家族は、きっと愛に包まれていたに違いありません。

あいかわらずどんな内容なのか知らずに観ていますが、それがその時の気分に合うのか、何なのか分かりませんが、ピタッと来る時があります。まさにそんな感じ。期待もまったくしていませんから、偶然だとしても良い作品に巡り会えた時は最高に良い気分になります。

近代文明を拒絶し、自給自足のコミュニティを作って暮らすアーミッシュを題材にし、都会で生き、自立した女性である主人公と純朴な子供たちとの交流を綴った人間ドラマ。オススメです。

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「レッドクリフ PartII -未来への最終決戦-」私的映画考Vol.180

先日、「レッドクリフ PartII -未来への最終決戦-」の試写会へ行ってきました。ジョン・ウー監督作品(「それでも生きる子供たちへ」「フェイス/オフ」)。出演:トニー・レオン(「ラスト、コーション」)、金城武(「死神の精度」)、チャン・フォンイー、チャン・チェン、ヴィッキー・チャオ、フー・ジュン、中村獅童、リン・チーリン他。

曹操(チャン・フォンイー)軍へ男装して潜入していた孫権(チャン・チェン)の妹・尚香は、疫病で亡くなった兵士たちの死体が船に積まれ、連合軍のいる対岸へ流されていく光景を目撃する。そして、流れ着いた死体に触れた連合軍の兵士から、次々と疫病が感染しはじめる。曹操の非情なやり方に周瑜(トニー・レオン)をはじめ、連合軍は憤りを感じていく。しかし、劉備軍は自軍の兵と民のために撤退していくが、孔明(金城武)はただひとり戦地に残るのだった。

圧倒的な戦力差の中、乱れはじめた連合軍。はたして勝ち目はあるのか、孔明の秘策は通用するのか、撤退した劉備たちは・・・。赤壁の戦いがいよいよ動き出す。

前作の直後から始まります。前半は、曹操軍へ潜入した孫権の妹・尚香の密偵の様子や、「10万本の矢」を調達するエピソードを交えながら、物語は決戦へと向かいます。好例となりました平和の象徴・白い鳩も大活躍。圧倒的な戦力差を補うのは軍師・諸葛孔明の知識から生まれる作戦。周瑜と孔明の互いの命を賭けてのやりとりは緊張感たっぷり。知っているエピソードではありますが、ドラマチックに見せてくれます。

そして、自分がこの戦の発端であることを知った周瑜の妻・小喬は、一艘の舟に乗って曹操のもとへと向かいます。そこには静かではありますが、力強い信念があったのです。周瑜は小喬を取り戻すことができるのか。クライマックスの合戦が幕を切って下ろされます。

終盤の合戦シーンはとにかく大迫力。爆発、炎上、飛び交う矢。ジョン・ウー監督お得意のスローモーションを多用したアクションシーンは壮麗で、優雅で、そして、舞うような殺陣を披露してくれます。1作目と違い、少々、残酷なシーンもあります。

CGをあまり使わないジョン・ウー監督ですが、CGを使った場面もかなりありましたが、船同志のぶつかり合い、大がかりなセットが炎上するシーンは、ほとんどが実写のようです。危険が多いシーンでは、仕方なしにCGを使うという感じでしょうか。

合戦の大迫力と共に描かれる人間ドラマに胸を熱くさせられます。孔明と周瑜。共に戦いながらもいつか、相まみえることを予感させながら、お互いを認め合い、友情を深めていったのでしょう。

一度は退いた劉備軍の面々も、友が苦戦しているだろう事を感じ、いてもたってもいられません。そこには、友情を越えた信頼関係があったに違いありません。そして、女たちの戦い。おおいなる愛のため、信念のために、命がけの策に出る小喬。淡い恋心を抱きつつ合戦に赴く尚香。今、それぞれの戦いが結実していきます。

信念の元、集まった人々。信念があれば、そこには希望が生まれ、どんな逆境に立たされようとも勝機が見えてくるはず。未来を信じ、愛のために戦った男たち。しかし、戦に勝者はなく、虚しさだけが残るのかもしれません。

まったく「三国志」の知識のない私が見ても、分かりやすく、それなりに理解をしながら物語にのめり込んでいくことができました。壮大な戦いと戦の最中に繰り広げられる人間模様を描く歴史ロマン大作、完結編。赤壁は熱く燃える。

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「イエスマン “YES”は人生のパス ワード」私的映画考Vol.179

先日、「イエスマン “YES”は人生のパス ワード」を観てきました。ペイトン・リード監督作品。出演:ジム・キャリー(「ナンバー23」)、ズーイー・デシャネル(「ハプニング」)、ブラッドリー・クーパー、リス・ダービー他。

仕事でもプライベートでも「ノー」ばかり言っている極めて後ろ向きな男カール・アレン(ジム・キャリー)。「生き方を変えない限り、いつか、ひとりぼっちになる」と脅されたカールは、とあるセミナーに参加。どんなことがあっても「イエス」と答えるだけ。やりたくなくてもおかしいと思っても、何事も否定せず「イエス」を連発し始めるカール。すると、別人のように変わっていき、運気も上がっていく。仕事もプライベートもすべてが上手くいきはじめるが・・・。

仕事は上手くいかず、人とのかかわりを持とうとせず、親友の婚約パーティーまですっぽかし、その上、すべてが上手くいかない。悪い方、悪い方へ向いてしまう生活を送っていたカール。このままでは孤独な死が待っていると親友に言われ、一念発起。とある自己啓発セミナーに参加します。

より良く生きるために自分にルールを課す。それは、「全てのことにイエス」と言うこと。最初は渋々でしたが、言ってみると実に気持ちが良い。「なんでここまでしなければ」と思ってしまうこともありましたが、そんな時でも、笑顔で「イエス」。そして、偶然知り合ったアリソン(ズーイー・デシャネル)とはいい仲になっていきます。仕事も順調に進み、昇進。全てが好転し始めます。

しかし、物事そんなに上手くはいきません。ある出来事をきっかけに歯車は狂い始めます。

日本人は、「イエス」か「ノー」かがはっきりしないなんて言われていますが、ここまではっきりと言えれば気持ちが良いに違いありません。何事も否定しない。非常に難しいことです。善悪が絡めばなおさらです。感情があるのですから。そして、カールは気づきます。これではいけないと。

すべての出来事が、伏線として繋がっていきます。それはきっと、人生、少し見方や考え方を変えれば、もっと楽しめるし、もっと素敵に過ごせるのでは?言うことではないでしょうか。悪く考えるよりも、良い方向で考える。でも、そこには自分らしさや、自分自身の意志がなければいけない。そんな当たり前のことをあらためて感じさせてくれました。

「ノー」を連発してきた後ろ向きな男が、どんなときでも「イエス」と言うルールを自分に課したことから騒動が巻き起こる爆笑コメディー。笑いの中にも、より良い人生を歩むためには何が必要なのか、いかに過ごせば良いのかを考えさせてくれ、感動も味わえる作品でした。

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「ワルキューレ」私的映画考Vol.178

先日、「ワルキューレ」を観てきました。ブライアン・シンガー監督作品(「スーパーマンリターンズ」「X-MEN」)。出演:トム・クルーズ(「大いなる陰謀」「トロピック・サンダー」)、ケネス・ブラナー(「スルース」「魔笛」)、ビル・ナイ、トム・ウィルキンソン、カリス・ファン・ハウテン他。

第二次世界大戦下のドイツ。アフリカ戦線で左目を負傷したシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)。祖国の平和のためにヒトラー暗殺を考えるようになる。そして、暗殺計画「ワルキューレ作戦」を立案し、トレスコウ少将(ケネス・ブラナー)やオルブリヒト将軍(ビル・ナイ)ら、同志たちと着々と準備を進めていく。失敗を立て直し、決行の1944年7月20日を迎えた。ヒトラー暗殺計画の行方は・・・。実際にあったヒトラー暗殺計画を題材にしたサスペンス作品。

シュタウフェンベルク大佐は、アフリカ戦線で左目を負傷し、前線より戻ってきます。アイパッチを付け、不自由ながらもヒトラーの独裁政権に危機感を感じ、国に対する忠誠心を抱き、政権転覆を狙う同志に合流します。政治家や軍人で構成された組織は、ややちぐはぐで、一度目の作戦は命令系統の複雑さから失敗に終わります。

作戦を修復しつつ、再度の機会に恵まれますが、そこではアクシデントが・・・。掛け違ったボタンは最後まで直すことはできず、作戦は破綻していきます。暗殺は失敗に終わったと言う事実は歴史が物語ってはいるモノの、ヒトラーの独裁政権に屈する者、世界を変えようとする者、そして両者の裏で陰謀をたくらむ者が入り乱れ、戦争という混乱の中で駆け引きは続きます。

みなぎる緊張感は、音楽とカメラワークから来るモノかもしれません。ここぞと言うときに不安感を煽る音楽が静かに入り、カメラはゆっくりとズームアップしていきます。そして、静寂。事態が動きます。

また、目のクローズアップも多く感じました。左目を失ったシュタウフェンベルク大佐の良心と忠誠心の間で揺れ動く葛藤と、祖国を家族を想う心理を表現するために、あえて目のクローズアップを入れているのではないでしょうか。それは、見ているこちらがたじろぐほどの視線で、強烈な想いと決意が込められているのでしょう。

後世の人々に、ヒトラー以外のドイツ人もいたんだと伝え、男たちは祖国への忠誠心と誇りのために生き、正義のために戦った。だから、恥ることはないんだと訴えかける人間ドラマ。戦争という狂気が、何が正しいのかを見失わせることを、あらためて感じられた作品でした。

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「オーストラリア」私的映画考Vol.177

先日、「オーストラリア」を観てきました。バズ・ラーマン監督作品(「ロミオ&ジュリエット」「ムーラン・ルージュ」)。出演:ニコール・キッドマン(「ライラの冒険」「インベージョン」)、ヒュー・ジャックマン(「X-MEN」「彼が二度愛したS」)、ブランドン・ウォルターズ、デヴィッド・ウェンハム、ブライアン・ブラウン、ジャック・トンプソン他。

イギリス人貴族のサラ・アシュレイ(ニコール・キッドマン)は、夫を捜しにオーストラリア北部の町・ダーウィンにやって来た。彼女を迎えたのは無骨で粗野な牛追いの男・ドローヴァー(ヒュー・ジャックマン)。ようやく、夫の領地に着いたサラだったが、夫が何者かに殺されたことを知る。サラは、残された広大な牧場と1500頭の牛を元に、牧場を立て直す決意をするが、そこには苦難の道のりが待っていた。

第二次世界大戦直前のオーストラリア北部。そこは、原住民であるアボリジニも住む場所でした。広大な荒れ地が広がり、野生の馬や牛がいる。手付かずの自然の残る場所。領地をめぐる争いや、肉牛の売買の争いが絶えず行われており、サラの夫もその犠牲となっていました。

人種差別の問題もあります。黒人への差別もあるし、アボリジニと白人のハーフに対する差別もありました。ハーフの少年・ナラ(ブランドン・ウォルターズ)はサラとドローヴァーたちと行動を共にします。最初は反発しあうサラとドローヴァーでした。貴族と牛追い。相いれない住む世界の違う二人。ですが、二人は次第に惹かれあっていきます。悲しい過去を吐露するドローヴァー。そして、三人は家族以上の絆で結ばれていくのでした。

前半は、牛を町まで追う苦難の旅を描きます。後半はいよいよ世界大戦が開戦。新しい家族となった三人だったはずなのに。幸せなときは長くは続きませんでした。いつか別れる日が来るナラに対する意見の食い違いから二人は離ればなれになり、そして、ナラもまた引き裂かれてゆきます。三人は再び巡り会うことができるのか・・・。

全編に流れる「虹の彼方へ」のメロディとそれに似た旋律。いつか夢が叶うと信じるナラ。少年は目を輝かせて、サラを信じます。そして、離れていても気持ちは通じる、想いは届くはずと。

広大なオーストラリア大陸でロケーションが行われたと言うことですが、こんな景色が今でも存在しているのかと思うほど美しい景色が続きます。展開上や環境保護の観点からCGになっている部分もあるのでしょうが、その雄大さに目を奪われます。

泣き所は、ズバリ、クライマックス。焦土と化したダーウィンの町。離ればなれになっていた三人。それぞれの物語が結実します。そして、新たなる旅立ち。少年はいつしか大人になっていくのです。大人もまた可能性を持ち、成長し、変わっていく。

第二次世界大戦直前のオーストラリアを舞台に、貴族の女性と野性的なカウボーイの運命的な出会いを通して、愛情や反戦、人種差別等々のテーマを深く描く壮大な叙事詩。

やっぱり家が一番。

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「エレジー」私的映画考Vol.176

先日、「エレジー」を観てきました。イサベル・コイシェ監督作品(「あなたになら言える秘密のこと」)。出演:ペネロペ・クルス(「それでも恋するバルセロナ」「ボルベール<帰郷>」)、ベン・キングズレー(「ラッキーナンバー7」「サスペクト・ゼロ」)、ピーター・サースガード、デニス・ホッパー、パトリシア・クラークソン他。

デヴィッド(ベン・キングズレー)は、テレビに出演するほど著名な大学教授。一見、成功者ようにみえる彼だが、家庭はとうの昔に壊れ、息子とも良い関係を築けないでいた。そんな彼の前に美しい学生コンスエラ(ペネロペ・クルス)が現れる。娘ほど歳の離れた彼女にデヴィッドはひと目で虜になり、親密な関係になる。しかし、いつか来る「別れ」を恐れ、デヴィッドは彼女との関係に一線を引こうとするが・・・。

仕事はできるが日々の快楽に身をゆだねている老教授デヴィッド。結婚制度は間違っていると言い放ち、息子には捨てたと詰られていました。親友であり悪友であるジョージ(デニス・ホッパー)とは何でも話し合います。仕事のこと、女性関係のこと、その他もろもろ。ジョージの助言はユーモラスにも取れますが、お互い何でも知っているだけに、時に辛辣に心に響きます。

そんなある日、講義で、学生のコンスエラと出会います。その外見の美しさに興味を抱いたデヴィッドは、次第に親しくなり、激しい恋に落ちていきます。それは、紛れもなく恋でした。年甲斐もなくなんて言葉は微塵も感じられません。毎日、会わないと気が済まない。電話をしてしまう。自分以外との男性との関係を気にする。会えない時は偶然を装って確認してしまう。激しい嫉妬心に苛まれていきます。

そして、若いコンスエラと接することで自分の老いを再確認していくのでした。また、その”若さ”が、自分を傷つけるという事にも恐れを抱いていたのでした。それが、コンスエラとの関係に一線を引こうとすることになるのですが・・・。

人生は想像を越えた驚きに満ちています。閉塞感で動けなくなっていく自分に、何が必要だったのか?外見だけを見て、本質を見ていなかったのではないか?デヴィッド同様、コンスエラの人となりがあまり見えてきませんでした。ふたりの関係を繋ぐのには、肉体ではなく、魂の交流が必要だったのかもしれません。

人生は悲喜こもごも。歓びがあれば、必ず悲しみがあり、人生において訪れる別れも避けられはしません。ラストシーンは、回想シーンなのか、これからのふたりなのか。いつの間にか消えゆくのが、人生なのか。人間関係を上手く作れない老教授の微妙な感情表現を見事に描きだし、人生の悲哀を感じられる作品になっています。

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「ウェイトレス ~おいしい人生のつくりかた」私的映画考Vol.175

今日ご紹介するのは「ウェイトレス ~おいしい人生のつくりかた」です。エイドリアン・シェリー監督作品。出演:ケリー・ラッセル(「M:i:III」「奇跡のシンフォニー」)、ネイサン・フィリオン、シェリル・ハインズ、エイドリアン・シェリー、ジェレミー・シスト、アンディ・グリフィス、エディ・ジェイミソン他。

片田舎のダイナーでウェイトレスとして働くジェナ(ケリー・ラッセル)はパイ作りの天才。パイを作ることが大好きで、レシピを空想するのも楽しかった。だが一方で、彼女は、嫉妬深い暴力夫アール(ジェレミー・シスト)に支配され、悲惨な毎日を送っていた。そんなある日、ジェナは家出を決意し、パイコンテストに出場しようとするが、そんな矢先に妊娠が発覚してしまう。産婦人科に出向いた彼女は、そこでポマター先生(ネイサン・フィリオン)と出会い、ふたりは次第に惹かれあっていくのだが・・・。

まずは、パイ作りが楽しい。オープニングから様々なパイが登場し、また、ジェナの気持ちを表現したユニークなパイの数々は、ダイナーの名物になっていました。パイのネーミングもユーモラス。その店を訪れる客たちは皆一様に笑顔でした。ジェナもパイを作ることが楽しくて仕方がないと言う感じ。そして、いつかはパイコンテストに出場し、独立する夢もありました。

しかし、家庭では暴力的な夫に支配される毎日を送っていました。夫に隠れて少しずつお金を貯めるジェナ。家で資金であり、コンテストに出るための資金でもありました。そんなある日、妊娠が発覚。夫との関係を考えると、ブルーな気持ちになります。

産婦人科に出向いたジェナは、ポマター先生と出会います。そして、ふたりはあっと言う間に恋に落ちます。それも熱烈に。ジェナを理解し優しく見守ってくれるドクター。ふたりは診察にかこつけて愛を深めていきます。

脇を固めるのが良い味を出している、同僚ふたり。監督自らが演じているドーンとベッキー。ジェナはふたりになんでも相談しますし、良き理解者たちでもありました。応援もしてくれます。物語のキーとなるのが客のひとりであるオールド・ジョー(アンディ・グリフィス)。口うるさいおじいさん。口うるさいのだけれど、悩みを抱えているジェナをそっと励ましてくれます。

観ている内に幸せって何だろうと思います。人それぞれに幸せのカタチはあるに違いありません。ほんの些細なことに幸せを感じる人もいるだろうし、自分は不幸だと思い続けている人もいるに違いありません。ジェナはきっと後者だったでしょう。

同じく不倫をしている同僚のベッキーにジェナは言います。「他人を不幸にしてまで、不倫をしないでくれ」と。それは、自分に対しての問いかけでもあったに違いありません。そして、出産。産みたくないと思っていたジェナでしたが、我が子を初めて抱いたときの感動は感慨深いモノでした。そして、その時ジェナのとった行動とは・・・。

女性の自立、妊娠、出産にまつわる現実や気持ちを、時に厳しく、時に優しく描いた作品になっています。

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「チェンジリング」私的映画考Vol.174

先日、「チェンジリング」を観てきました。クリント・イーストウッド監督作品(「ミリオンダラーベイビー」「硫黄島からの手紙」)。出演:アンジェリーナ・ジョリー(「グッド・シェパード」「ウォンテッド」)、ジョン・マルコヴィッチ、ジェフリー・ドノヴァン、コルム・フィオール、ジェイソン・バトラー・ハーナー他。第81回アカデミー賞主演女優賞ノミネート(アンジェリーナ・ジョリー)。

1928年。ロサンゼルスの郊外で息子・ウォルターと幸せな毎日を送る、クリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)。ある日、家で留守番をしていたウォルターが失踪。警察に捜査を依頼するが24時間は何もしないと言う。誘拐なのか家出なのか。ようやく捜査は始まったモノの、ウォルターの行方は知れなかった。そして5ヶ月後、息子が発見されたとの報せを聞き、クリスティンは念願の再会を果たす。だが、彼女の前に現れたのは、ウォルターではなく、見知らぬ少年だった。

ロス警察は評判が悪く、保身のためにウォルターだと言い張ります。親が子供を間違えるはずはありませんし、歯科医師や教師も絶対に違うと証言しているのに、警察はまったく受け入れようとしません。抵抗すればするほど、クリスティンが精神的にまいっているせいだと決めつけ、精神病院へ入れてしまいます。病院もまた、警察の言いなりで、抵抗する予知がありません。

そんな、クリスティンを助けてくれるのは、ブリーグレブ牧師(ジョン・マルコヴィッチ)。クリスティン以外にも警察の被害にあっている女性は沢山いました。牧師の協力を得て、事件の解明は近づきますが・・・。愛する息子・ウォルターの行方は?

綿密に時代考証されたセットと少しくすんだ感じの色合いが、過去を感じさてくれます。平凡な主婦が、子供の行方をつきとめたい一心で腐敗した警察権力に立ち向かいますが、まったく意見を聞かない警察。

それに対する、もどかしい想い、焦燥感。音楽で盛り上げることは少なく、どちらかと言えば静かな印象の作品で、演技を中心に見せているのでしょう。子供を思う母親の気持ちを痛切に感じさせる、アンジェリーナ・ジョリーの熱演が冴えます。終盤、行方を知っていると思われる男に詰め寄るシーンは圧巻。

この一連の事件が実際にあったことだといいます。これほどまでの強烈さを見せられた「真実の物語」はかつてないモノでした。おそらくは、きめ細かく心情表現を見せ、そして、事件の顛末を最後まで見せること、過剰な演出をしないこと等々が起因しているのかもしれません。

誘拐された息子の生還を祈る母親の、真実を求めた闘いを描くサスペンスドラマ。子供を思う母親の切なる願いが、わずかな希望となって輝き続けたに違いありません。

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「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」私的映画考Vol.173

先日、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」を観てきました。デビッド・フィンチャー監督作品(「セブン」「ファイト・クラブ」「ゾディアック」)。出演:ブラッド・ピット(「バベル」「ジェシー・ジェームズの暗殺」)、ケイト・ブランシェット(「インディ・ジョーンズ/クリスタルスカルの王国」「エリザベス:ゴールデン・エイジ」)、タラジ・P・ヘンソン、ティルダ・スウィントン(「フィクサー」)他。第81回アカデミー賞作品賞監督賞主演男優賞他全13部門ノミネート作品。

80歳代での身体で生まれ、そこから若返っていく男・ベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)。ニューオーリンズ。1918年、第一次世界大戦、終戦の日に生まれたベンジャミン。生まれてからすぐに捨てられ、老人養護施設で育ったベンジャミン。すぐに死んでしまうと思われていたが、育ての母や周囲の一尾の愛に育まれ、何とか育っていく。身長は伸びていくモノの身体は老人のまま。だが、肉体は少しずつだったが若返っていくのだった。

病床の老女が、いまわの際にベンジャミンの日記を娘に読ませる回顧録的に物語は展開します。

ベンジャミンの人生は他の誰とも違う人生。時間の流れが逆行していくかのように次第に若返っていく。80歳の肉体。子供のように無邪気だが、言葉も話せず、7歳になっても歩くこともままならず、車椅子の生活。しかし、最初の奇跡が起き、歩き始めることが出来るようになります。そして、17歳の時、世界を見るためにひとり旅立ちます。

船長、異国で出会った女性、初めての恋、実の父、そして、最愛の女性デイジー(ケイト・ブランシェット)。ベンジャミンは様々な人と出会い、別れ、人生の喜び、死の悲しみを経験していきます。

1918年から21世紀に至るまでの、ベンジャミンの数奇な人生をきめ細やかに描いていきます。ここまで描くのか?と言うまでに手を抜かない映像表現がアカデミー賞13部門ノミネートを納得できます。80年間の時間を描くのに大事なベンジャミンの外観。メイクなのかCGなのかその境目が分かりませんが、どんな風に撮影したのかメイキングが楽しみな映像になっています。

人生は何が起こるか分からない。普通の人々と同じく彼にも時の流れを止めることはできない。だから、自分の思った通りに生きるのだし、一瞬一瞬を大切に生きるのだし、限りのある人生の素晴らしさを感じながら生きていくのだと。ベンジャミンとデイジーは、永遠に続くモノを感じたに違いありません。ベンジャミンの数奇な人生を共に感じさせてくれる感動作になっています。

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「シャッフル」私的映画考Vol.172

先日、「シャッフル」を観てきました。メナン・ヤポ監督作品。出演:サンドラ・ブロック(「イルマーレ」「クラッシュ」)、ジュリアン・マクマホン、ニア・ロング、ケイト・ネリガン、アンバー・ヴァレッタ、ピーター・ストーメア他。

愛する娘たちと親子4人で幸せに暮らすリンダ(サンドラ・ブロック)。ある日、夫・ジム(ジュリアン・マクマホン)が自動車事故で死亡したという知らせが届く。ところが、翌朝目覚めてみると、死んだはずのジムが何事も無かったかのように目の前に現われたのだ。そのまた翌日には、ジムの葬儀が行われ、喪服に身を包んだ大勢の人々が集まっていた。以来、全く身に覚えの無い“不可解な出来事”が次々と起こり始めるのだが・・・。

悲劇の1週間が順番がバラバラに”シャッフル”されて、かつ、その記憶が自分だけのモノだとしたら?誰もまともに取り合ってくれないのは当然だし、そうなったら、精神錯乱状態にあると診断されても仕方がありません。

それでも、リンダは、カレンダーと照らし合わせながら、不可解な出来事を順番に並べてみて、何が起こっているのかを突き止めようとします。そして、運命の“水曜日”がやってきます。夫・ジムを救うことが出来るのか?

メメント(クリストファー・ノーラン監督作品)」のような時間軸を前後させて展開するサスペンス・ドラマになっています。タイムスリップなのか、記憶の混同なのか、はたまた神のいたずらか? リンダの精神の混乱は、計り知れません。苦悩するリンダ。しかし、誰も救いの手を差し伸べてはくれません。神父以外は。

サスペンスとしても楽しめる作品ですが、なによりも家族の人間ドラマが良いです。あらためて家族の大切さを感じられる作品になっています。信仰とは、自分を越えた崇高な何かを信じること。それは、愛や希望なのかもしれません。そして、人は何のために生き、何のために戦うのでしょう。それは、愛する人々を守るためなのかもしれません。奇跡と言うべき希望がそこにはあるから・・・。

その原因や事象についての説明はほとんどなく、観る者に解釈を委ねているところがシンプルで良いです。その上、そこはかとない緊迫感が漂い、ドラマは否応なくクライマックスへと突き進みます。細かな伏線があちらこちらに点在し、2度観るとさらに発見があるかもしれません。新しいアイデアで構成された本作は、見応えがあり、衝撃的な作品となっています。

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「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」私的映画考Vol.171

先日、「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」を観てきました。サム・メンデス監督作品(「アメリカン・ビューティー」)。出演:レオナルド・ディカプリオ(「ブラッド・ダイヤモンド」「タイタニック」)、ケイト・ウィンスレット(「リトル・チルドレン」「ホリデイ」)、キャシー・ベイツ、キャスリーン・ハーン、マイケル・シャノン他。

1950年代のアメリカ、コネチカット州。フランク(レオナルド・ディカプリオ)とエイプリル(ケイト・ウィンスレット)のウィーラー夫妻は、閑静な住宅街に暮らし、子供にも恵まれた理想のカップルだった。演劇志向のエイプリルは地元劇団の舞台に立つが、芝居の出来が悪く夫婦で口論に。一方、フランクは、しがないセールスマンの仕事に不満を感じていた。そんな時、「今の生活を捨て、パリで暮らそうと」とエイプリルは提案するのだった。

閑静な住宅街・レボリューショナリー・ロードに住む若夫婦フランクとエイプリル。子供にも恵まれ、何不自由ない生活を送っていました。しかし、そんな誰もがうらやむようなふたりでしたが、亀裂は少しずつ入っていたのでした。情熱的だった出会いの頃。結婚後、次第に生活という現実の中に埋没していく。夢もあったはず。何のために働くのか。様々な葛藤が生まれていきます。

そんなある日、妻・エイプリルがパリで暮らすことを提案。フランクは現在の仕事を辞め、家も車も売り、パリへ。しばらくは仕事をしなくても生活できる貯蓄もある。エイプリルが秘書の仕事をし、その間、フランクはやりたかったことをやる。やりたくもない仕事をしている、今とは違う夢のような生活。

それからの夫婦は忘れていた夢が戻ってきたかのように、活気に満ちあふれました。どうせ辞める仕事ならと、適当にやった仕事が上司に認められたり、ハツラツと荷造りに精を出すエイプリル。夫婦関係も以前より上手くいっているよう。しかし、問題が発生し、パリ行きが怪しくなり始めますが・・・。

どこにでもある、恋愛関係から夫婦関係、ファミリーマンとなっていく平凡な人生。絶望的な喪失感にさいなまれながら続ける生活から、脱却しようともがき苦しむ夫婦。平凡な毎日にこそ幸せがあるということに、気づこうともせずに・・・。

傍目には理想の夫婦に見えるカップルが、それぞれに抱える理想と現実のギャップに葛藤し、立ちはだかる問題に立ち向かい、それでも愛と夢を守ろうとする姿を描く人間ドラマ。ふたりが辿り着く愛の終着点は・・・。

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「ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢」私的映画考Vol.170

先日、「ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢」を観てきました。ジェイムズ・D・スターン&アダム・デル・デオ監督作品。出演:「コーラスライン」オリジナルキャスト&スタッフ、マイケル・ベネット、他オーディションに参加した皆様。

トニー賞9部門制覇し、6137回の公演、664万人の観客動員、15年のロングランを記録した伝説のミュージカル「コーラスライン」。そして16年ぶりの再演。その「コーラスライン」への出演を目指し、8ヶ月におよぶ苛酷なオーディションを勝ち抜いていくダンサーたちの生の姿を追うドキュメンタリー作品。

プロでなくても誰もが参加できるオーディションに、大勢が参加します。応募者数3000人。最後に残るのは19人のダンサーのみ。子供の頃から、ミュージカルに出演することを夢見て、レッスンに励んでいた人々、海外からオーディションに駆けつけた人々、様々な人種、年齢・・・。皆一様に、このオーディションに駆ける夢を語ってくれます。そして、オーディション。

基本的なダンスから、歌、演技と進んでいきます。その内、人数は絞られていきます。「コーラスライン(リチャード・アッテンボロー監督作品)」の映画を20数年前に映画館で観た記憶が甦ります。合格者は番号を呼ばれ、呼ばれなかった者は、「お疲れさま」。不合格です。一種、冷たい印象を受けはしますが、現実は厳しい。プロの厳しい目にさらされ、徐々に人数は減っていきます。

原案・振付・演出のマイケル・ベネットがダンサーを集めて座談会のようなモノを開き、それを録音したテープが現存していました。その内容は正しく「コーラスライン」の劇中に語られるダンサーたちの声でした。それを元にミュージカル「コーラスライン」を企画したのです。

合間合間に、なぜ、「コーラスライン」はヒットしたのか?そのことがキャスト・スタッフによって語られます。その魅力とはテープに録音されたダンサーたちの生の声から作り上げた、ダンサーの、ダンサーによる、ダンサーのための作品だったからなのではないでしょうか。

オーディションの中、厳しく審査するスタッフから感動の涙を流させた参加者がいました。その役に入り込み、演じ、感動を呼ぶ。オーディションのはずなのに。

オーディションというのはここまで過酷なのかと言う印象を受けました。それはブロードウェイという最高峰のオーディションだからと言うこともあるのでしょうが、その厳しさは凄まじい。8ヶ月という長期間に渡る時間的な問題もありますし、プレッシャーもあります。どんなに経験を積んで、どんなにレッスンをして挑んでも、最後の最後で実力が発揮できなかったり、緊張のあまり、いつもの演技・ダンスが出来なかったり。

そして、最終結果。明暗が分かれます。舞台に立てた者、立てなかったけれども、何かを掴んだ者、ひたすら悔やむ者・・・。それでも、ダンスが好きだから止めることはないでしょう。そして、いつか舞台に立ちスポットライトを浴びることを夢見ているのです。

多くのダンサーがブロードウェイの舞台を目指しオーディションに参加します。そして、誰もが様々な思いを秘めながら、小さな一歩を踏み出すのです。

ダンサーたちが抱える葛藤や熱き想い、選ぶ側であるスタッフたちの苦悩を、オーディションの進行に重ねて描き出した感動のドキュメンタリー作品。ドキュメンタリーなんだけれども、ドラマティック。これこそが、本当の「コーラスライン」。

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「ザ・ムーン」私的映画考Vol.169

先日、「ザ・ムーン」の試写会へ行ってきました。デヴィッド・シントン監督作品。提供:ロン・ハワード(「アポロ13」「ビューティフル・マインド」)。出演:アポロ計画の宇宙飛行士達、バズ・オルドリン(11号)、マイク・コリンズ(11号)、ジム・ラヴェル(8号/13号)、ジーン・サーナン(10号/17号)他。

1960年代。アメリカ合衆国は宇宙計画でソビエト連邦の遅れをとっていた。ケネディ大統領の強い意志を受け、人類初の月面着陸を目指し、アポロ計画を発動させる。全世界が注目する中、アポロ11号は月を目指して、飛び立つ!そして、1969年から1972年の間に、9機のロケットが遥か38.4万㎞の彼方、月へと飛び立ち、12人が月面を歩いた。

「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては大きな飛躍である」あまりにも有名なアームストロングの台詞。1969年当時、物心ついていない私にとっては、リアルタイムで人類初の月面着陸を体験したわけではありませんが、この作品により、あらためて人類の偉業を追体験できる様な気分になりました。

人類が初めて月に第一歩を標してから40年。その偉業を成し遂げるまでの過程や、宇宙、月面での体験を実際の映像や宇宙飛行士らのインタビューで構成されたドキュメンタリー作品になっています。

一部、報道で月面着陸はねつ造ではないか?という疑惑がありますが、エンドロールではそこのとにも触れています。言われると、この映像はどうやって撮ったんだろうと言う思いもなきにしもあらずです。が、NASAがそんなことをする意味が分かりません。

本作の映像を60年代、70年代に創り出す方が、大変なように思います。そんな思いを払拭するような、地球や月面の荘厳で、美しい、映像の数々に魅せられます。まさに奇跡の映像、奇跡の体験に違いありません。

そして、宇宙へ行き、月面に降り立った飛行士たちは、地球を外から見て口々にこう言います。「地球は美しい」と。広大な宇宙の中にある、繊細でちっぽけな存在・地球。そして、その地球の上で暮らす人類。宇宙へ行くと意識も変わっていくのでしょう。

その後、環境破壊が進み、地球は壊れかけています。だからこそ、今、本作を見るべきだし、人類は意識の変革をもたらし、地球に対してもっと優しくなるべきなのでしょう。

月に赴いた宇宙飛行士たちの生の証言と、鮮やかに蘇ったNASA蔵出しの初映像で綴られる、感動の一大エンタテインメント・ドキュメンタリー。

そして、いまだに地球外に立った人間は、この12人しかいない。2009年1月16日公開。

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「ヤング@ハート」私的映画考Vol.168

先日、「ヤング@ハート」を観てきました。スティーヴン・ウォーカー監督作品。出演:アイリーン・ホール、スタン・ゴールドマン、フレッド・ニトル、ドラ・モロー、ボブ・シルマン他。

アメリカ・マサチューセッツ州の小さな町ノーサンプトン。平均年齢80歳のおじいちゃんとおばあちゃんたちで構成されたコーラス隊「ヤング@ハート」。歌うのはクラシックやスタンダードではなく、ロックやR&Bの曲ばかり。コンサート前の6週間、彼らに密着し、リハーサルの様子やプライベートを追う感動のドキュメンタリー作品。

「ヤング@ハート」のあの元気さはどこから来るのだろう。とにかく元気。確かに、見るからに身体が弱っているご老人もいるにはいるのですが、それでも気持ちは元気で若々しい。

そんな彼らが、聴いたこともないような、テンポが速く、複雑なリズムのロックやR&Bを歌うのです。その曲を完全に自分たちのものにしているのだから驚きはさらに増します。観れば観るほど、感動を呼ぶパフォーマンスはどこからくるのだろうのだろう、という感動がこみ上げてきます。

歌っている姿も素敵なのですが、プライベートの映像も素敵に元気です。92歳になる花形スター・アイリーンのジョークともつかない戯言は、見ている方が、恥ずかしくなるくらい。他のメンバーにも、歌に対してそれなりに意地もあるようで、そんな気持ちも若さを保つ要因の一つなのかもしれません。

とにもかくにも、歌うのが好きだから、気持ちは若く、元気でいられるのでしょう。歌うことは健康にもいいだろうし、歌詞を覚えることは脳の老化を遅くすることにもなる。歌じゃなくても良い。何か好きなモノに熱中できたら、こんなに素敵なことはないと思えます。そして、愛する家族に囲まれ、なによりも良い仲間たちと和気藹々と趣味を楽しむ。それが、人生なんだと。

しかし、悲しい別れはやってきます。なんせ、平均年齢80歳。突然、病状が悪化し、練習に出られないこともしばしば。そして、永遠の別れも・・・。それでも、その悲しみを乗り越え、彼らは歌い続けます。それが、一番の供養になるのだから。虹の架け橋の上から見守ってくれている元メンバーたちに届くように。

最後のコンサートは大入り満員。観客の笑顔が最高です。スタンディングオベーションも鳴りやまず、とても感動的。あまりの元気さに、思わず笑みがこぼれ、そして、涙が溢れます。歌う姿、ポジティヴな姿に感動し、なにより元気になれる作品です。

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「ハリウッドランド」私的映画考Vol.167

今日、ご紹介するのは「ハリウッドランド」です。アレン・コールター監督作品。出演:エイドリアン・ブロディ、ベン・アフレック、ダイアン・レイン、ボブ・ホスキンス他。

1959年6月16日、TV版「スーパーマン」シリーズの主演俳優ジョージ・リーブス(ベン・アフレック)が自宅で死亡した。警察は自殺と断定するが、母親からの依頼を受けた私立探偵ルイス・シモ(エイドリアン・ブロディ)は事件の真相を追い始める。次第に、ジョージの交友関係から、映画会社の重役夫人トニー・マニックス(ダイアン・レイン)との情熱的な恋や、秘められたコンプレックスなどが浮かび上がるが・・・。

謎の死を遂げた俳優ジョージ・リーブス。彼にいったい何があったのか。ハリウッド史上最も悪名高く、ミステリアスな事件を、真相を追う探偵ルイス・シモの目線から描きながら、ジョージの急死までを二重構造で描きます。

jジョージがスーパーマン役を得る経緯には、映画会社の重役夫人トニーとの激しいまでの恋がありました。人気を博し、子どもたちにも慕われ、映画の仕事も舞い込みますが、当たりません。苦悩、葛藤。そして婚約。

一方、事件を追う探偵ルイス・シモ。急死事件の真相に迫ります。が、事件解決は時間の問題と思われた時、暴力による圧力が彼を襲います。ハリウッドにおいて真実と正義を求めることがどんなに困難で、どんなに無謀なのかを知るのでした。

劇中、ヒーローショーでの印象的なシーン。少年が本物の拳銃をスーパーマンに向け、「撃っても良い?」と尋ねます。拳銃の弾丸を弾くのがスーパーマン。TVの中での事を、本当のことだと思ってしまう少年。少年に拳銃を持たせる親もどうかと思いますが、緊張感がみなぎります。ハリウッドで描かれていることはすべてが虚像で、そこには、真実も正義もないんだと思えてしまいます。

理想は気高くとも、売れない俳優にとっては、TVの中のヒーローを演じることは何とも屈辱的だったのかもしれません。が、ヒーロー役だとしても、当たれば、あらゆる欲望を満たしてくれる魅惑的な状況になるのでしょう。しかし、本来の俳優としての理想には、手が届く事はないかのように思えたのかもしれません。TVの中のように何でも出来る魔法などないのだから、その状況から這い上がるには、自らの意志で、自分の進むべき道を切り開いていくしかないのでしょう。

売れない俳優の苦悩と葛藤を描きながら、ミステリーとしての緊迫感もある見応えのある作品になっています。ヒーローの死の背景には、いったい何があったのか。闇は、ますます濃くなるばかりです。

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「ブラインドネス」私的映画考Vol.166

先日、「ブラインドネス」を観てきました。フェルナンド・メイレレス監督作品(「ナイロビの蜂」)。出演:ジュリアン・ムーア(「フリーダムランド」「トゥモロー・ワールド」)、マーク・ラファロ(「ゾディアック」)、伊勢谷友介、木村佳乃、ダニー・グローヴァー、ガエル・ガルシア・ベルナル他。

突然目の前が真っ白になり、完全に視力を失った日本人の男性(伊勢谷友介)が運転する車が、交差点で立ち往生した。親切な男に助けられ家まで送り届けられるが、そのまま車を持ち去られてしまう。男は妻(木村佳乃)に付き添われ眼科へ。眼科医(マーク・ラファロ)は、眼球に異常はなく原因がわからないと告げる。しかし、その奇病は伝染性のモノで、各地で視力を失う者が続出していくが・・・。

原因不明の奇病は瞬く間に広がっていき、感染者たちは収容所に入れられていきます。最初に感染した男、診察した眼科医、眼科にいた人々、その関係者・・・。しかし、眼科医の妻(ジュリアン・ムーア)だけは発症しないでいました。いったいなぜなのか?次々に送り込まれる感染者たち。収容所の病室はあっと言う間に人であふれかえります。

その収容所で、繰り広げられる出来事を描きます。感染を恐れた政府は、介護する人員を収容所には入れません。なので、目が見えないモノ同士、助け合って暮らしていくしかありませんでした。助け合いも最初の内。次第に、おぞましい事態へと転化していきます。人間、極限状態に陥ったときには、何をするか分かりません。そこには従来の善悪の基準など無いのです。

自分が、もし、突然、視力を失って、この状況にいたらどうなるのだろう、という思いが駆けめぐります。見えないからと言って、動かずにただじっとしていてもどうにもなりません。誰も助けてくれないのですから。

全体の映像はどこか白っぽく見えます。そして、感染者の視界を表現するのに、ぼやけた中での何かが蠢く映像や、白味へとフェードアウトしていく映像が多用されています。いつまで経っても感染しない医者の妻が、暗闇で食料を探すシーンがありますが、そこでは全くの暗がり。モノを探す音だけが響きます。鑑賞者にも、その見えない、手探りの感覚を伝えようかという映像でした。

顔も人種も年齢も素性も何もかも分からない時に、見えてくるモノがその人の本性なのでしょう。見終わったあと、登場人物に固有名詞がない事に気づきます。こんな状況になったときだからこそ、差別も、偏見も、わだかまりもない、平和な世界が来るのかもしれない。劇中、描かれる疑似家族のような連帯感は、それを感じさせてくれます。その絆が永遠に続くとも思わせてくれます。

伝染病の恐怖にさらされている現代社会を象徴しているかのようなパニックを描きつつ、人間の深層に潜む暴力性、残酷性を浮き彫りにする心理パニック・サスペンス。奇病の原因は、正体はいったい?これは神の試しなのか?

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「X-ファイル:真実を求めて」私的映画考Vol.165

先日、「X-ファイル:真実を求めて」を観てきました。クリス・カーター監督作品。出演:デイビッド・ドゥカブニー、ジリアン・アンダーソン、アマンダ・ピート、ビリー・コノリー、アルヴィン“イグジビット”ジョイナー、ザンサ・ラドリー他。

あれから6年。過去にFBIでX-ファイル課に配属されていたスカリー(ジリアン・アンダーソン)のもとに、FBIが訪ねてきた。元FBI捜査官モルダー(デイビッド・ドゥカブニー)に、女性捜査官・モニカ(ザンサ・ラドリー)の失踪事件への協力を求めてきたのだ。協力を申し出た神父・ジョー(ビリー・コノリー )は、ビジョンが見えるという。そして、雪の中から切断された腕が見つかったのだった。そして、現場復帰を決意したモルダーは事件の捜査に乗り出すが・・・。

人気TVドラマシリーズのシーズン終了から6年。殺人罪の容疑で追われるモルダーでしたが、誰も知らない場所に身を隠し、隠遁生活を送っていました。スカリーもまた、FBIを辞め、カトリック系の病院で医療に従事していました。そんなある日、FBI女性捜査官の失踪事件が発生。協力を申し出た神父ジョーには、怪しげな能力があり、手掛かりのないFBIはジョーを容疑者のひとりとしながらも、モルダーとスカリーにも協力を要請します。

殺人罪の容疑を帳消しにするという条件付きで現場に復帰したモルダー。FBIを辞め、医者となったスカリー。一時は、スカリーも超常現象を肯定するようになったモノの、現在の生活に埋没していたスカリーは、ジョー神父の能力を否定。超常現象肯定派のモルダー、否定派のスカリーの構図が復活します。

闇から遠ざかりたい、穏やかな日々を望むスカリー。自らの意志で闇に飛び込んでいくモルダー。ふたりの関係はシリーズ後、6年の日々で少しは進展しているかのようですが、精神的には大きな隔たりがあったようです。

自室にいまだに「I WANT TO BELIEVE」のポスターを貼っているモルダー。まったくあいかわらずです。その他、過去を匂わせる台詞が何度か登場するので、シリーズを鑑賞してから観ると、さらに楽しめます。

ジョーの能力をめぐり、ふたりの意見は対立します。そして、事件の進行と共に描かれるスカリーの仕事。担当している難病に苦しむ子供に、実子・ウイリアムを重ねるスカリー。そして、聖職者にあるまじき汚れた過去を持つジョー神父。事件を追いつづけるモルダー。辿り着いた場所には、猟奇殺人事件の裏にあった意外な目的でした。

諦めずに努力をすれば、道は開ける。それは、真実を追究し続けたモルダーとスカリーの今後をも暗示しているように思えます。

モルダーとスカリーの名コンビは健在で、未知の恐怖と謎を追うミステリアスな描き方は、「X-ファイル」らしさ満点。そして、モルダーとスカリーのドラマが、心情も豊かに描かれいます。ファンにはもちろん、はじめて「X-ファイル」を観る人にも存分に楽しめるサスペンス作品です。

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「レッドクリフ」私的映画考Vol.164

先日、「レッドクリフ Part Ⅰ」を観てきました。ジョン・ウー監督作品(「それでも生きる子供たちへ」「フェイス/オフ」)。出演:トニー・レオン(「ラスト、コーション」)、金城武(「死神の精度」)、チャン・フォンイー、チャン・チェン、ヴィッキー・チャオ、フー・ジュン、中村獅童、リン・チーリン他。

西暦208年。曹操軍に追われる劉備軍。孫権軍と同盟を結ぶため、軍師の孔明(金城武)は孫権(チャン・チェン)のもとに向かう。しかし、孫権軍では曹操(チャン・フォンイー)に驚異を感じているものの非戦を唱える老臣が多く、同盟は容易に成立しそうもない。そんな中、孔明は赤壁で孫権軍の司令官・周瑜(トニー・レオン)と出会い、その人物の大きさ、カリスマ性に魅了される。一方の周瑜も孔明の人柄と戦術眼に驚嘆し、そして、二人は信頼を深め、共に戦う事を決意するのだった。

まったく「三国志」の知識のない私が見ても、分かりやすく、そして、壮大な戦いと戦の最中に繰り広げられる人間模様に熱くさせられる作品になっています。第1部にあたる本作は周瑜、孔明を中心に「赤壁の戦い」に至るまでの経緯を描いています。

序盤の曹操軍に追われる劉備軍との合戦では、現在の状況を説明し、劉備軍の主要人物の人となり、役割、特徴も説明。そして、このままでは、曹操軍に壊滅させられてしまうと言う危機感を感じた孔明は、ひとり、孫権のもとに向かいます。物語は劉備軍の軍師・孔明を中心に動き始めます。

そして、孔明と周瑜の運命の出会い。いつか戦うことを予感しながらも、互いが互いが認め合い、共に戦うことを決意し、本作のクライマックスとなる「赤壁の戦い」の前哨戦の火ぶたが切って落とされます。

周瑜を演じたトニー・レオンは芯のしっかりとした演技でカリスマ性を見事に表現しています。特に目の演技はさすが。対する諸葛孔明を演じた金城武。熱くなることなく、常に沈着冷静で、そして、微笑をたやさぬ悠然としていて、名軍師の懐の深さを演じています。

ジョン・ウー監督の十八番、銃撃戦はもちろんありませんが、スローモーションを多用したアクションシーンは健在で、優雅に、そして、舞うような殺陣を、華麗なまでに魅せてくれます。血しぶきまでもが、演じているかのように華麗に飛び散ります。かといって、残酷なシーンはあまり見受けられません。好例となりました平和の象徴・白い鳩は今回も登場します。

CGをあまり使わないジョン・ウー監督でしたが、これだけスケールの大きな作品になると、さすがにCGを使った場面も何シーンかあるようです。それにしても、大群と大群がぶつかるモブシーンでも、かなりの役者を使っていて、迫力満点。本編上映後の「Part Ⅱ」の予告編では、大がかりな爆発シーンも観られ、どんな決着をみるのか、ますます次作に期待が募ります。

未来を信じ、友を信じ、愛のために、正義のために戦う男たちを描く歴史ロマン大作。中国の史伝・英雄譚「三国志」の中でも最も有名な合戦である「赤壁の戦い」を前編、後編の2部作として大迫力で映像化した本作。ジョン・ウー監督の提唱するアジア映画でもなく、ハリウッド映画でもない「世界映画」の第一作。「Part Ⅱ」は2009年4月公開。

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「イントゥ・ザ・ワイルド」私的映画考Vol.163

先日、「イントゥ・ザ・ワイルド」を観てきました。ショーン・ペン監督作品。原作:ジョン・クラカワー。出演:エミール・ハーシュ(「スピード・レーサー」)、ハル・ホルブルック、キャサリン・キーナー、ウィリアム・ハート、ヴィンス・ヴォーン他。

1990年夏、アトランタの大学を優秀な成績で卒業した22歳のクリス(エミール・ハーシュ)。両親の期待も貯金も投げ打って、中古のダットサンでアメリカを回る旅に出る。やがてその愛車さえも乗り捨て、アリゾナからカリフォルニア、サウスダコタへとたった一人で移動を続ける。旅の途中で、忘れ難い出会いと別れを繰り返して行く。文明に毒されることなく自由に生きようと決意した彼が最終的に目指したのは遙か北、アラスカの荒野だった。

あいかわらず前情報を入れずに観に行くので、実話(ジョン・クラカワーのノンフィクション「荒野へ」)を基にした作品と言うことを知らずに観ていました。しかし、そこには、一人の青年の人生が活き活きと描かれていました。

物語は、クリスがアラスカの荒野へ足を踏み入れて行くところからはじまり、ここまでの足跡を辿るように2年前に旅立ち、沢山の人と出逢い、別れを繰り返す姿を前後して描きます。そして、なぜ旅立ったのかを。

クリスが、旅の途中で出会った人々は、皆、何かに縛られ、牢獄に入れられているように思えました。自分で自分を縛り、社会や文明に迎合し、自分の殻に閉じこもるように、道を閉ざしている。それはまるで、自由に生きること、自分らしく生きることを忘れているかのようでした。

沢山の人と出逢い、経験を通して、荒野の中で生き抜く術を学び、生きる意味を再確認し、アラスカを目指します。ほのかな恋を経験し、父親、母親、祖父のような人々から助言を得るクリス。アラスカの荒野で、ひとり孤独に耐えながら、想いをめぐらします。

幸せとは、愛する人と分かち合ってこそ、新しい経験が心を豊かにすること、何ものにも縛られることなく自由に、そして自然を愛し、孤独に生きる。知的で無謀で純粋な青年・クリスの短くも鮮烈な人生を描く本作。そこはかとない感動を味わえる作品になっています。

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「あの日の指輪を待つきみへ」私的映画考Vol.162

先日、「あの日の指輪を待つきみへ」を観てきました。リチャード・アッテンボロー監督作品。出演:シャーリー・マクレーン(「イン・ハー・シューズ」「迷い婚」)、クリストファ・プラマー(「イルマーレ」「インサイド・マン」)、ミーシャ・バートン、ピート・ポスルスウェイト、ブレンダ・フリッカー、ネーヴ・キャンベル、グレゴリー・スミス、マーティン・マッキャン他。

1991年アメリカ。長年連れ添った夫を亡くしたばかりのエセル・アン(シャーリー・マクレーン)。ある日、アイルランドの青年ジミー(マーティン・マッキャン)から突然の電話を受ける。エセルの名とテディという名が刻まれた指輪をベルファストの丘で発見したというのだ。第二次大戦時の50年前、永遠を誓った愛を失い、それ以来泣くことを忘れたエセル。指輪をめぐり、封印した過去と向き合う時がやって来るのだが・・・。

1991年と1941年以降とが、前後しながら物語は描かれます。長年連れ添った夫の葬儀の際も教会に入らず、外で物思いにふけるエセル・アン。夫の死に涙ひとつ見せず、娘のマリーにも冷たいと非難される始末。それでも頑なに過去を、心の内を語ろうとしません。

突然の電話に驚くエセル・アン。電話の主はアイルランドの青年・ジミー。老人と共にベルファストの丘で50年前に墜落した米軍の爆撃機を掘り起こそうとしています。バラバラに四散した爆撃機の残骸を掘り続けます。そこで、ジミーが見つけた指輪には、「エセル・アン・テディ」とありました。そして、アメリカに住むエセルへと電話したのです。

そして、エセル・アンの過去が、からまった糸がほどけるように、少しずつ、明らかになっていきます。そこには、永遠の愛を誓ったエセルの深い想いが秘められていたのでした。しかし、誓ったはずの永遠の愛は、自分を縛り、苦しめ続けていたのです。夫を亡くした事によって、何かが壊れ、エセル・アンは、いまだに続く熱い想いに、さらに苦しめられているようでした。

エセル・アンの元に指輪を届けるジミー。はるばるアイルランドから飛行機を乗り継ぎアメリカを訪れます。過去に封印した想いを、掘り返すべきなのか、それとも、生涯隠し通すべきなのか。そして、運命の時。感情が決壊するように、娘のマリーにも真実を告げるのでした。

泣き所は、幾度となく訪れます。彼からの伝言。過去から解放された瞬間。そのとき、エセル・アンの胸に去来したモノは・・・。取り戻した涙。人間、時には、話しをすることよりも、泣くことの方が大切な場合もあるのです。

最初は、過去と現在が、複雑に絡み合っていて分からなかった事が、物語が進む内に次第に見え始めます。それが終盤にかけ、伏線も見事に最後には、一つに結ばれていく展開は見事です。一人の相手を生涯をかけて愛し続けることの尊さ、固い絆で結ばれた友情、そして、約束。ラブストーリーでありながら、第二次世界大戦と北アイルランド紛争を巧みに盛り込んだドラマチックな展開が見どころになっている作品です。

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「P.S. アイラヴユー」私的映画考Vol.161

先日、「P.S. アイラブユー」の試写会へ行ってきました。リチャード・ラグラヴェネーズ監督作品。出演:ヒラリー・スワンク(「ミリオンダラーベイビー」「リーピング」)、ジェラルド・バトラー(「幸せの1ページ」「300スリーハンドレッド」)、ハリー・コニックJr.、ジーナ・ガーション、キャシー・ベイツ他。

最愛の夫ジェリー(ジェラルド・バトラー)を脳腫瘍で亡くしたばかりのホリー(ヒラリー・スワンク)。何もする気になれず、電話にも出られず自宅に引きこもっていた。ホリーの30歳の誕生日に届いた贈り物の箱を開けてみると、テープレコーダーに入ったジェリーからのメッセージが録音されていた。翌日から、メッセージ通りジェリーからの手紙が届くようになり、その通りに行動していくが・・・。

冒頭、夫婦喧嘩のシーンが長く続きます。少し長すぎないか?と思いつつも、ふたりの愛の深さを感じられます。愛し合っているから、喧嘩もしてしまう。思っていることも言えない。もどかしい気分が伝わってきます。そして、最愛の人の死。

若くして出会い、結婚したジェリーとホリー。これからと言う時に、ジェリーが亡くなってしまいます。失意のどん底のホリー。何も手に着きません。30歳の誕生日。届けられたバースデーケーキ。それはジェリーからの贈り物でした。そして、テープに録音されたジェリーの肉声。懐かしい声に、胸が震えます。ホリーが立ち直れないであろう事を、予測したジェリーからのサプライズでした。これから、色々な方法で手紙が届くから、その通りに行動して欲しいと。

落ち込んでいたホリーも家族や友人たちに連れ回され、次第に元気を取り戻していくかのようでした。が、ジェリーとの想い出ばかりが甦り、逆効果になることもありました。親友たちとおとずれたアイルランド。美しい景色が続きます。アイルランドはジェリーの故郷でした。そこでも、今まで出来なかった事をし、新たな出会いもありました。

泣き所は次々と訪れます。ジェリーのホリーを愛しているからこその、その行為一つ一つに、自然に涙が溢れます。優しさ、深い愛情、絆。出会ってから今まで、それぞれが美しい想い出であり、すべてが人生の貴い宝物。

手紙の数々には、どんなにつらくても、悲しくても、新しい人生を踏み出さなくてはいけない、強く生きて欲しいと言う、ジェリーの願いが込められていたのでした。そして、出会った時の気持ちを、輝いていたあの頃の本当の自分を取り戻し、情熱を注げるモノを見つけて欲しいとも。

人生には、辛いことや悲しいことが幾度となく訪れます。悲しいのは自分一人じゃないし、周囲の人々は自分のことを気遣ってくれている。そして、逝ってしまった人も、永遠に思ってくれているに違いありません。

愛する人を失った悲しみと、それを乗り越え、新たな人生をスタートさせるまでの心の葛藤を描いたラブストーリー。

きっと、いつまでも見ている。

2008年10月18日公開。

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「最後の初恋」私的映画考Vol.160

先日、「最後の初恋」を観てきました。ジョージ・C・ウルフ監督作品。出演:リチャード・ギア(「ハンティング・パーティ」)、ダイアン・レイン(「ブラックサイト」)、ジェームズ・ブランコ(「スパイダーマン」シリーズ)、スコット・グレン、クリストファー・メローニ、ビオラ・デイビス他。

エイドリアン(ダイアン・レイン)は日々の生活に疲れていた。友人のジーンが経営する海辺の小さな町のロッジを手伝う為にやってくる。身勝手な夫、彼女を怒らせる思春期の娘、エイドリアンを取り巻く周囲の状況が彼女をいらだたせていた。ジーンが出掛けて一人でロッジを任されたエイドリアン。そこへロッジの唯一の客、医師のポール(リチャード・ギア)が到着する。彼もまた問題を抱えロッジにやってきたのだったが・・・。

エイドリアンは家庭の問題に疲れ切っていました。夫は愛人を作り家を出たが、今更戻りたいという。それが子どもたちのためだと。思春期の娘は自由奔放、やりたい放題。一方のポールは、外科医だったが、医療ミスで裁判沙汰。妻とは離婚し、医者をしている息子は海外へ。この町には、ある人物に遇うためにやってきたという。

そんなふたりが、海辺のロッジで数日間を過ごします。お互いのモヤモヤとしたやるせない気持ちが、次第にほどけ始め、お互いに安らぎを求めます。そして、やがて「最後の初恋」となっていくのでした。恋に落ちていくふたり。まるで、高校生のようにはしゃぐダイアン・レインが実にキュートです。

そして、別れの時。息子に会うためにロッジを後にするポール。再会を約束し、手紙のやりとりが始まります。ふたりの恋の行方は・・・。

人との出会いによって人生は変わり、愛により人生は輝き始める。人生に遅すぎるなんて事はない。いつか自分を成長させてくれる愛に出会えるはずなのだから。忘れかけていた胸が高鳴るような恋の物語をリチャード・ギアとダイアン・レインが情感豊かに演じる大人のラブストーリー。

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「エバン・オールマイティ」私的映画考Vol.159

今日、ご紹介するのは、「エバン・オールマイティ 」です。トム・シャドヤック監督作品。出演:スティーヴ・カレル(「ゲット・スマート」「リトル・ミス・サンシャイン」)、モーガン・フリーマン(「ウォンテッド」「最高の人生の見つけ方」)、ローレン・グレアム、ジョン・グッドマン、モリー・シャノン、ワンダ・サイクス他。

かつてTVのキャスターだったエバン(スティーヴ・カレル)は下院議員に当選し、一家でバージニア州郊外に引っ越す。エバンが“世界を変えたい”という公約を実現したいと祈った翌日から、不可思議な出来事が起こり始める。そして、神様(モーガン・フリーマン)がエバンの前に現われ、旧約聖書のノアのように方舟を作るよう告げる。やがてエバンのもとにどこからともなく動物たちが集まりだし、エバンも方舟を作ろうと決心するが・・・。

神様から1週間だけ万能の力を与えられた主人公を描くジム・キャリー主演「ブルース・オールマイティ」の続編。続編と言っても、連続性はほとんどなく、主人公ブルースのライバル的な役柄だったエバンが主人公となり、神様役のモーガン・フリーマンが連続出演していることくらいですので、前作を観ていなくても十分楽しめます。

初登庁の前夜、殊勝にも神にお祈りをして眠りについたエバン。ところが翌朝から、不可思議な出来事が次々に起こり始めます。奇妙な届け物、つがいで集まり始める動物たち・・・。そして、神の出現。「世界を変えたい」と願うエバン。公約の一つでもあります。最初は相手にしていなかったエバンでしたが、次第に神を信じ、自分の役目を果たそうとし始めます。

初めての土地、初めての家、初めての仕事で、ノイローゼになったのでは?と疑う妻・ジョーン(ローレン・グレアム)。最初は楽しそうに手伝う3人の息子たちでしたが、家族も次第に崩壊していきます。それは、エバンのヒゲや髪が急激に伸び始め、服装も変えて、容姿がノアそっくりになっていき、とうとう議員を休職させられてしまうからでした。

コメディらしく、見事に笑わせてくれます。しかし、大物議員の陰謀や、家族の崩壊、と様々な伏線が絡みながら物語はクライマックスへと続きます。神は人類を滅ぼそうとしているのか?古参議員の陰謀とは?洪水は本当に起こってしまうのか?たったひとりの政治家は人類を救う事が出来るのか?!クライマックスには、文字通りの神がかり的なスペクタクルが待ち受けています。

レストランで、神扮する店員(名札が「ALL MIGHTY」となっています)と妻・ジョーンが、「ノアの方舟」の話しをするシーンがありますが、ここでの会話はとても良いです。そして、ラストシーン。いますぐ、世界を変えることはできないが、小さな変化を積み上げていけば、いつか世界を変えることができるのかもしれない、と思わせてくれる素敵なエンディングです。

助け合い、信じることの大切さ、家族の素晴らしさを描きながら、大いに笑ったあとに、爽やかな感動を味わえる作品になっています。チャンスはいつも自分の側にあるはず。

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「アイアンマン」私的映画考Vol.158

先日、「アイアンマン」の試写会へ行ってきました。ジョン・ファヴロー監督作品(「ザスーラ」)。出演:ロバート・ダウニー・JR.(「ゾディアック」)、グウィネス・パルトロー(「恋に落ちたシェイクスピア」)、テレンス・ハワード(「奇跡のシンフォニー」「ハンティング・パーティ」)、ジェフ・ブリッジス他。

頭脳明晰で巨大軍事企業の社長であるトニー・スターク(ロバート・ダウニー・JR.)。アフガニスタンで、テロ組織に襲われ拉致されてしまう。犯人たちにミサイル兵器の開発を強要されるが、敵の目を盗みパワードスーツを開発し、敵地からの脱出に成功する。生還したトニーは、テロ組織撲滅を決断し、記者会見で兵器製造の中止を宣言してしまう。しかし、兵器の出荷は止まらない。新たなパワードスーツの開発に着手し、自ら、兵器の破壊を進めるが・・・。

轟音が響き渡る劇場内。地響きとも思える重低音が唸ります。大迫力の戦闘シーンが冒頭から続きます。パワードスーツ2号機は、洞窟で作った初号機をさらにバージョンアップさせたモノ。そして、天才科学者でもあるトニーが、頭脳を最大限に活かし、人工知能コンピュータをフルに活用し、最先端技術を得た現代科学の集大成、3号機が誕生します。

2号機、3号機開発のプロセスは、ちょっとユーモラスに描かれています。お茶目な人工知能コンピュータとのやりとりや、飛行実験でのドタバタ等々。完成し、初めて夜空に飛び立つシーンの浮遊感、飛翔感、スピード感は良いです。

テロに遇い、戦場で見た兵器の数々は、スターク・インダストリーのモノでした。平和のため、戦争をなくすためと思い、兵器を生産し、抑止力となるためにより強力な兵器を開発してきたトニー。しかし、新たな兵器が、新たな兵器を呼び、最悪の殺人者と呼ばれたトニー。生還したトニーは、今の自分が何を為すべきか、何を為さなければいけないのか、考えます。そして、出した結論が兵器の生産中止でした。しかし、何も変わらない。

そして、新たなパワードスーツが誕生します。圧倒的な破壊力とパワーを発揮でき、腕からのミサイル攻撃が可能な戦闘力、戦闘機より優れた飛行性能を持つ、究極のパワードスーツ”アイアンマン”。アイアンマンを駆り、戦場へと赴き、弱き者を助け、兵器を破壊します。

スーパーヒーローモノではありますが、生身の人間が自らが開発した兵器で戦う物語。単純な勧善懲悪ではなく、自らの責任を果たすがごとく、戦う姿が、他のスーパーヒーローとは一線を画すところでしょう。敵=悪という図式は当てはまらず、何が正しいかは分かりません。しかし、自分がやろうとしていることは、正しいと信じてやるしかないのです。

脇を固める、グウィネス・パルトロー、テレンス・ハワード、ジェフ・ブリッジスの俳優陣も良いです。美しく聡明な秘書ポッツ役をグウィネス・パルトローが好演。恋の予感を感じさせます。軍人として親友としてトニーを支えるローディ役のテレンス・ハワードも次回作への期待が掛かるところ。

自ら開発したハイテクの鎧を身にまとい、アイアンマンとして平和のために闘う男の活躍を描くアクション超大作。エンドロールの後にサミュエル・L・ジャクソンが登場しますので、お楽しみに。そうそう、マーベル作品でおなじみの、スタン・リー氏出演シーンももちろんあります。

2008年9月27日公開。

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「恋するレシピ ~理想のオトコの作り方~」私的映画考Vol.157

先日、「恋するレシピ ~理想のオトコの作り方~ 」を観ました。トム・デイ監督作品。出演:マシュー・マコノヒー(「10日間で男を上手にフル方法」)、サラ・ジェシカ・パーカー(「セックス・アンド・ザ・シティ」)、ズーイー・デシャネル、ジャスティン・バーサ、ブラッドレイ・クーパー、キャサリン・ウィニック、テリー・ブラッドショウ、キャシー・ベイツ他。

35歳にもなって実家に暮らすトリップ(マシュー・マコノヒー)。手を焼いた両親は、息子を自立させる“プロ”であるポーラ(サラ・ジェシカ・パーカー)にトリップの自立を依頼する。着々と計画は実行されていったが、いつの間にかふたりは互いに惹かれ始めるが・・・。

二人の関係をユーモラスに描きます。あれやこれやと作戦を実行するポーラ。嬉しいこと悲しいこと織り交ぜながら、物語は展開していきます。それは一見、素敵な恋愛模様に見えます。

ポーラの自立プログラムは、印象的な出会いを演出し、対象となる男性の趣味を探り、それに徹底的に合わせていきます。お調子モノのトリップは、いつもの恋愛ゲームとばかりにハマって行きます。そして、男性を自分の虜にして親から引き離し、自立を促進するというモノ。最初はプログラム通りと思っていたポーラでしたが、なぜかいつもと違います。

トリップの親友・悪友のエース(ジャスティン・バーサ)とデモ(ブラッドレイ・クーパー)。三人組は揃って親元で暮らしています。自立せず実家で暮らしていますから、悠々自適な生活を送っています。遊びも一緒、相談も一緒。同じ境遇の三人。自分達を正当化しているのですから、相談になりません。

今までは相手に対して特別な感情を抱いたことなどなかったポーラでしたが、今回の相手はちょっと勝手が違ったようで、のめり込んでいきます。本気になってしまっては、プログラムは成立しません。そして、ついには、プログラムであることがトリップにばれてしまい、惹かれ合っていたふたりは、音信不通になってしまいます。 二人の恋の行方は・・・。

出会うことによって、本当の自分に気づいていくふたり。自分は不幸だと。言いたいことを真剣に言い合い、そして信じ合える、運命の人。そう思っていたのに、しかし、別れの時はやってきます。離ればなれになった二人はどうなってしまうのか。

ラストの2人だけの話し合いのシーンは面白いです。2人だけのつもりが友人、家族を始め多くの人に見つめられ、励まされ、祝福されていたのでした。感動的でもありました。ああいうシーンに弱い私は、ウルウル来てしまいました。

どんなに厳しくても、なんでも話せる親友がいて、そして、嬉しいことも悲しいこともすべてを分かち合えるパートナーがいる。それが、どんなに幸せなことか。笑って笑って最後には、ホロッとさせてくれる大人のラブコメディ。

あの、イルカの正体は・・・。悲しい過去は忘れて、新しい楽しい人生を二人で歩み出せと言うエイミーだったのかもしれません。

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「おくりびと」私的映画考Vol.156

先日、「おくりびと」の試写会へ行ってきました。滝田洋二郎監督作品。音楽:久石譲。出演:本木雅弘、広末涼子、余貴美子、吉行和子、笹野高史、山崎努他。第32回モントリオール世界映画祭グランプリ受賞作品。第81回アカデミー賞外国語映画賞受賞作品。

所属する東京のオーケストラが解散し職を失ったチェロ奏者の大悟(本木雅弘)。演奏家を諦め、妻・美香(広末涼子)と共に故郷の山形に帰った。求人広告で見つけたNKエージェントに面接に出かけ、その場で採用になるが、仕事は遺体を棺に納める納棺師だった。最初は、戸惑いながらも、社長の佐々木(山崎努)に指導を受け、納棺師として働き始める大悟だったが、美香には冠婚葬祭関係の仕事に就いたとしか告げられずにいたが・・・。

納棺師と言う職業を通して、生とは死とはを見つめ直していく大悟。社長であり、先輩である佐々木の美しく、スムーズな手の動き。旅立つ人に対する敬愛の念、厳かな儀式。そのすべての所作が見事に描かれます。

戸惑いながらも、納棺師の仕事の素晴らしさに気づいていく大悟。その様子をユーモラスに描きます。妻に仕事の内容を隠す大悟。旧友との再会。しかし、次第に大悟の仕事に関しての噂が広まり始め、関係がギクシャクし始めます。

仕事に貴賤はないはずですが、その仕事に誇りを持てるのか、一生の仕事としていけるのか、大悟は悩み始めます。そんな時、チェロを取り出し、奏でるのでした。雄大な自然を背景に美しいメロディが流れます。思いおこすのは幼い頃に生き別れた父のこと。しかし、顔が思い出せない。良い思い出は少なく、母と共に捨てられたと言う想いだけが残っています。そして、ある訃報が届きます。

誰もがいつかは迎える死。それは普通のことのはずなのに、何か特別なことのように思っているのが現実なのかもしれません。見送る人々には、それぞれにドラマがあり、想いがあります。泣いて送り出す人もいれば、笑って見送る人もいる。その場面になったときに、どう考えるのか。どう送られたいのか。そして、なにより、その場面に立ち会える納棺師は尊く、素晴らしい仕事と思えます。

親子、夫婦の愛情の深さ、絆、人間の尊厳を描いた感動作。

2008年9月13日公開。

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「幸せの1ページ」私的映画考Vol.155

先日、「幸せの1ページ」の試写会へ行っていきました。ジェニファー・フラケット&マーク・レヴィン監督作品。出演:アビゲイル・ブレスリン(「リトル・ミス・サンシャイン」「幸せのレシピ」)、ジョディ・フォスター(「ブレイブワン」「インサイド・マン」)、ジェラルド・バトラー(「オペラ座の怪人」)他。

南の島で海洋学者の父親・ジャック(ジェラルド・バトラー)と二人で暮らす少女・ニム(アビゲイル・ブレスリン)。自然の中で動植物に囲まれて生活を送っていた。一方、ロスに住む大人気の冒険小説家・アレックス(ジョディ・フォスター)は、対人恐怖症で引きこもり。新しい小説のネタを探していると、孤島で暮らす海洋学者の記事が目にとまった。彼に協力を求めるつもりでいたが、少女・ニムからSOSのメールを受け取る。ニムを救うため、アレックスは初めて家の外へ出て、南太平洋へと旅立つが・・・。

冒険小説家・アレックスの描くヒーローは、同じ名前のアレックス・ローバー。インディ・ジョーンズのような風貌で、世界を駆けめぐり、あらゆる冒険をし、どんなピンチも切り抜けてきた、男の中の男。それとはまったく対照的な、小説家・アレックス。潔癖性で対人恐怖症でひきこもり。家から出ずに生活を送っています。

そんな彼女が意を決して、孤島に住む少女を助けに向かいますが、やることなすことダメダメ。あまりのダメさ加減に思わず笑ってしまいます。

少女ニムは、船で出掛けた父親ジャックが予定を過ぎても戻らず、孤独に負けそうです。しかし、幾多の危機もなんとか切り抜けようと奮闘します。父・ジャックも船が遭難し、身動き取れませんが、なんとか娘の元に戻ろうと一所懸命です。三人の主人公が、それぞれに努力していく姿をコミカルに描きます。

ことあるごとに、アレックスの前に現れる小説の中の人物アレックス・ローバーの幻。彼女にとって理想の男性像なのでしょうが、少々口うるさい。結局は自問自答しているのでしょう。勇気のない自分を、勇気溢れる冒険家であるもう一人の自分が励まし、そして、幸せへと導きます。

殻に閉じこもっている自分。そこから脱するためには、自ら歩み出す事が大切で、そして、勇気は日々、生活の中で身についていくのです。大自然の中で繰り広げられるアクションに笑い、最後にはホロッと感動、観ると元気になれる、ハートフルなアドベンチャー作品になっています。幸せの1ページ目は自分次第。

2008年9月6日公開。

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「ブレードランナー ファイナル・カット」私的映画考Vol.154

先日、ブルーレイディスクで「ブレードランナー ファイナル・カット」を観ました。リドリー・スコット監督作品(「アメリカン・ギャングスター」「プロヴァンスの贈りもの」「マッチスティック・メン」)。原作:フィリップ・K・ディック。出演:ハリソン・フォード(「インディ・ジョーンズ」「スターウォーズ」)、ルトガー・ハウアー、ショーン・ヤング、エドワード・ジェームズ・オルモス、ダリル・ハンナ、M・エメット・ウォルシュ他。

2019年、ロサンゼルス。高い身体能力と知能を持つ人造人間・レプリカント。そのレプリカントを合法的に処刑する権限を持つ捜査官・ブレードランナーのデッカード(ハリソン・フォード )は、逃亡した4体を処理するために追跡を開始する。捜査を進める中で彼はレプリカントの製造元であるタイレル社を訪れ、そこで美しいレプリカントのレーチェル(ショーン・ヤング)と出会うが・・・。

数年ぶりに観た「ブレードランナー」でした。DVDは持っていなかったので、それ以前だとするとTVで放送したモノを観たのかもしれません。そうすると、10年は観ていないと言うことになるでしょう。随分、久しぶりに観ましたが、スゴイの一言です。

冒頭のロスの映像は極めて美しく高精細です。雨、けむり、そして闇。室内でも灯りが乏しく暗いシーンが多く、ほとんど全編が夜のシーンなのですが、つぶれもなく陰影の濃淡さえも再現できています。光と影が象徴的でかつ印象的な映像が多いのですが、すべてブルーレイだからこそ再現できるのではないかと思えるほど美しい映像です。

アジア化した街並みは製作された1982年当時では、考えられないような映像で、最初に観たときは衝撃的でした。東洋人が数多く闊歩し、看板には漢字が、ビル一面の広告には動画が映し出される。空飛ぶ車が飛び交い、雑然とした街並みはゴミと人で溢れかえる。21世紀になった今、観てもあり得そうなイメージの映像が数多くあり、先見性を感じます。

特典ディスクのDVDには、4時間を超える当時のインタビューや最新のインタビューもあるメイキング映像が収録されていて面白いです。本作が、公開当初はあまり注目されず、徐々に人気を博していく過程の話は面白かったです。製作者や監督、それぞれの思い入れがあり、思惑があるんですね。

特撮シーンのメイキングは特に面白いです。今ならCGで作ってしまうようなシーンでも、あの当時は模型を作って撮影して、VFXで編集している。まさに特殊効果なんですね。監督、スタッフによる創意工夫が結実した映像は今観ても秀逸です。

レプリカントとデッカード。デッカードとレーチェル。デッカードは腕利きと言われているモノの、それほど凄腕とは感じられず、普通の人間のように感じられます。スーパーヒーローではなくただの心の弱いごく普通の人間として描かれています。そして、レプリカントであるレーチェルを愛してしまったデッカード。これもまた普通の人間なのかもしれません。

レーチェルに「(レプリカントかどうかを判断する)心理テストを受けたことがある?」と聞かれるシーンがあるのですが、デッカードがレプリカントではないか?と自分で疑うバージョンがあったと記憶していますが、今回のバージョンにはこの台詞だけが活かされていて、ユニコーンのイメージ映像はあるモノの、そのことを匂わせる他のシーンは登場しません。

メイキングでも解説されていますが、ラストには数多くのバージョンが存在し、ナレーション”あり・なし”バージョンもあるのです。確かに本作は難解な部分もあるので、ナレーションによる説明があると分かりやすいのかもしれませんが、それはそれ、観る者によって、沢山の解釈があって良いように思います。「ファイナル・カット」と題される本作のラストシーンは余韻のある終わり方になっています。

製造されて数年経つと意志を持つこともあるというレプリカント。人間の手によって作り出された人工生命体のはずのレプリカントが、命の尊さを感じ、そしてあまりにも脆い人間の生命を救う。燃えつきようとしていた自分の生命、思い出。美しいと言うよりは荘厳なイメージのクライマックスシーンです。

見たことのないような近未来世界。しかし、その未来はもうそこまで来ているのです。誕生から25周年を迎えた2007年、リドリー・スコット監督自らの手で再編集した本作。未公開シーンも追加されてより美しくなり、より深みを増した作品になっています。

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「ダークナイト」私的映画考Vol.153

先日、「ダークナイト」を観てきました。クリストファー・ノーラン監督作品(「バットマン ビギンズ」「メメント」)。出演:クリスチャン・ベール(「プレステージ」「マシニスト」)、ヒース・レジャー(「ブロークバック・マウンテン」)、アーロン・エッカート(「幸せのレシピ」「ブラック・ダリア」)、マギー・ギレンホール、ゲイリー・オールドマン(「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」)、マイケル・ケイン(「スルース」)、モーガン・フリーマン(「最高の人生の見つけ方」「ミリオン・ダラー・ベイビー」)他。

影でゴッサム・シティの秩序を守り続けるバットマン(クリスチャン・ベール)。しかし、ゴッサム・シティに現れた最悪の犯罪者ジョーカー(ヒース・レジャー)は、マフィアたちに成り代わってバットマンを追い込む“ゲーム”を開始する。「バットマンが正体を明かさなければ、毎日市民を殺す」という卑劣なルールによって・・・。そして、ブルースは遂にバットマンの正体を明かすことを決意。記者会見に登場しようとするが、それを制したのは新任検事で“光の騎士”と慕われるデント(アーロン・エッカート)の意外な行動だった。

バットマンの誕生秘話を描いた「バットマン ビギンズ」の続編。ゴッサム・シティに現れた史上最悪の犯罪者ジョーカーに立ち向かうバットマンと新任検事デントのふたりを対比させつつ姿を描きます。光と影。表舞台に立ち、犯罪者を裁いていくデントに対して、影となり表に現れることなく、犯罪者を追い詰めていくバットマン。しかし、バットマンとデントの活躍により、マフィアたちはついにジョーカーにバットマン暗殺を依頼するのでした。

そして、二人の間で揺れ動くレイチェル(マギー・ギレンホール)。信頼を深めていくバットマンとデント。正義のために戦うふたりに対して、気持ちが決められないレイチェル。しかし、ジョーカーの魔の手はレイチェルにも近づいていきます。

なんと言っても目をひくのはジョーカーを演じたヒース・レジャー。狂気に満ちた表情、台詞。金が目的ではなく、享楽のために犯罪を行うジョーカー。卑劣なその言動に身震いします。悪に立ち向かうバットマンでしたが、狂気と戦う術はあるのか?市民の恐怖心を煽り、パニックに陥れていくジョーカー。二転三転するスリリングな展開に最後まで目が離せません。そして、二人目の狂気が近づく・・・。

脇役陣も豪華でゲイリー・オールドマン、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマンは、見事に作品の厚みを増しています。バットマンの影の支持者ゴードン警部補、ブルース・ウェインを陰から支えるアルフレッドとフォックスを演じます。

アクションシーンは前作に比べてもかなりのスケールアップ。闇夜を舞うバットマン。作戦を立て、特殊兵器を開発、そして実行というスパイアクションのような展開も良くできています。手に汗にぎるバットモービルの圧倒的なスピード感は秀逸。心情を表現するかのような、凶悪なまでの暴走の行く末は・・・。愛する人を救うことは出来るのか?市民を守ることは出来るのか?

ヒーローのまま死ぬか?それとも、生き延びて悪に手を染めるか?正義とはいったい何なのか?正義と悪の境界が曖昧になった現代。その時代に即したように、悪を狂気をリアルに描き、ヒーローではなく影の守護者・暗黒の騎士として生きていく事を決めた、バットマン=ブルース・ウェインの戦いを描く、シリアスかつ重厚なテイストのドラマ性が見どころとなっている作品です。

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「ハプニング」私的映画考Vol.152

先日、「ハプニング」を観てきました。M・ナイト・シャマラン監督作品(「シックス・センス」「サイン」「レディ・イン・ザ・ウォーター」)。出演:マーク・ウォールバーグ(「ザ・シューター極大射程」「ディパーテッド」)、ズーイー・デシャネル、ジョン・レグイザモ、スペンサー・ブレスリン、ベティ・バックリー、ヴィクトリア・クラーク、フランク・コリソン他。

突然、アメリカ全土からミツバチが姿を消した。ある朝、ニューヨークで人が次々と倒れていく異常現象が始まる。次第に、連絡も取れなくなり、情報はだんだん少なくなっていき、異常現象は広がっていく。原因も分からないままアメリカ中はパニック状態に陥り、“何か”に人々は追い詰められていくが・・・。

主人公・エリオット(マーク・ウォールバーグ)は高校教師。妻・アルマ(ズーイー・デシャネル)との関係は少しギクシャクしています。授業中のエリオットの元に怪情報が入ります。ニューヨークでは、テロの疑いのある事件が発生し、犠牲者が多数出ていると。詳細が分からないまま、休校となり、被害を避けるべく、郊外へと脱出を図ります。

道中、伝わる情報。客観的な視点でのみで伝わる情報は、人々の不安を募らせ、とまどいを隠せません。次第に外部との連絡が取れなくなっていき、人々はパニック状態。交通機関はストップし、生き残った人々はどこへ行けばいいのかと戸惑うばかり。

原因が分からないまま、パニックは広がっていく。人類滅亡の危機から逃げ延びようとするエリオットたち。見えない脅威は次第にエリオットたちに近づき始めるが、仮説を立て、生き残るべく、走り続けるが・・・。

異常現象の始まる冒頭のシーンは、目を覆うばかりの残酷さ。とにかく恐ろしいシーンがつづきます。その後も、広がる異常現象の犠牲者たち。そして、パニックに陥った人々の、自らの生命を守るための行為は、異常現象を越えるほどおぞましいモノでした。

前作「レディ・イン・ザ・ウォーター」では、ファンタジックな世界の中の人間の残酷さを描いていましたが、本作では現代の日常から、現在の環境で起こりうる可能性のある事件とその渦中の人間の姿を描いています。自然界では科学では解明できないこともあり、このまま、地球温暖化や環境破壊が続けば、自然の抵抗や拒否反応等、何が起こるか分かりません。

そして、そのパニックと対照的に描かれているのは、愛のカタチ。ギクシャクした夫婦とエリオットの友人の娘・ジェス。パニックの中で、愛を確かめ合い、新しい絆をも深めていきます。パニックは次第に彼らを追い詰めていき、死を覚悟した時、真実の愛が見えてきます。吹き荒れる風の中、見つめ合う二人。クライマックスは実に感動的なシーンになっています。

地球温暖化抑制、自然を大切に、エコロジーと叫ばれる昨今。シャマラン監督お得意の斬新な切り口のサスペンスをベースに描きながら、自分達の出来ること、自分達の行為に責任を持って行くことの大切さを感じられる作品になっています。

そうそう、毎度おなじみのシャマラン監督出演シーンは、今回は控えめで、声だけの出演でした。

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「西の魔女が死んだ」私的映画考Vol.151

先日、「西の魔女が死んだ」を観てきました。長崎俊一監督作品。原作:梨木香歩(「からくりからくさ」「ぐるりのこと」「裏庭」)。出演:サチ・パーカー、高橋真悠、りょう、大森南朋、高橋克実他。

中学生になったばかりのまい(高橋真悠)は不登校になった。そんなまいに、ママ(りょう)はおばあちゃん(サチ・パーカー)のもとでひと夏を過ごすことを提案する。魔女の血筋を引くというおばあちゃん。野菜やハーブを育て、昔ながらの知恵を活かしながらの生活をしていた。それは、まいにとって新鮮に感じられた。そして、いつしかまいの“魔女修行”が始まる。早寝早起きし、食事をしっかり摂り、規則正しい生活をするというシンプルなもの。そんな暮らしは、やがてまいの心にも変化を起こさせていくのだったが・・・。

「魔女が倒れた。もうダメみたい」中学3年になった少女まいのもとに、突然の知らせが届く場面から始まります。"魔女"とはまいの祖母のこと。英国人のおばあちゃんは、森の中でひっそりと一人暮らしをしています。そして、2年前のおばあちゃんの家で過ごした夏の日々へと想いはめぐります。

おばあちゃんの暮らす家は静かな森の中にあり、外観は洋風の木造家屋。庭には色とりどりの花が咲き乱れ、畑には様々な作物が実を付け、鶏小屋からは元気な鳴き声が聞こえます。家の中に入れば和洋折衷の家具があり、屋根裏部屋への階段は鍵型に曲がっています。それはもう宮崎駿作品に出てくるような素敵な空間。

森の木々はどこまでも美しく、陽光に煌めきます。また、霧に煙る森も静かに優しくまいを見守っていてくれているよう。空はどこまでも青く、澄みきっています。音楽も美しく、背景の映像を引き立てています。

裏山を散歩し、野いちごを摘み、収穫したいちごを洗い、煮詰めてジャムを作ります。おいしそうなジャム。しゃりっと言うトートスト。食事のシーンでは効果音が大きめになっているようで、おいしそうに映ります。

まいは「早寝早起き、食事をしっかりとって、よく運動すること」が、どんなに大事かを教わります。料理、掃除、洗濯、庭づくり・・・そんなごく当たり前のことが大切なんだと。それが、「魔女修行」でした。まいはおばあちゃんとの生活のなかで、自然と触れ合ういながら、強さや、優しさ、希望を見出していきます。そして、それは、「生きる楽しさ」の再発見となっていくのです。

おばあちゃんは、いつもまいを優しい瞳で見つめます。そして、迷うまいに対して、そっと背中を押してあげます。それは行くべき道を照らしているようです。

「西の魔女」と呼ばれるおばあちゃんと少女との、 驚きと愛に溢れたかけがえのない時間。自然の共に、ありのままに生きる。そして自分の意志を強く持ち、魂を成長させる。それが生きると言うこと。死という事を前向きに捉え、大きな優しさと愛に満ちた作品。ラストシーンは感動で涙が止まりません。

「草や木が光に向かって伸びていくように、魂は成長したがっているんです」優しいおばあちゃん声が今でも聞こえる・・・。

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「プルミエール 私たちの出産」私的映画考Vol.150

先日、「プルミエール 私たちの出産」を観てきました。ジル・ド・メストル監督作品。

皆既日食の日。メキシコのガビーは、イルカと一緒の水中出産を希望する。1日120人以上の子供が生まれる産院で出産するベトナムの女性たち。仲間に囲まれて自然分娩に臨むアメリカのヴァネッサ。臨月でもステージに立つフランスのダンサー、サンディ。貧困の中で命がけの出産に挑むインドのスニータ。自分の母と同じく、昔ながらの介助出産を選んだ日本の由紀子。真っ暗な夜の砂漠で出産する遊牧民マニ。世界10カ国の女性たちの出産前後をカメラに収めたドキュメンタリー作品。

皆既日食の日、出産が増えるといいます。太陽と月と地球の関係で皆既日食は起こるのですが、その引力バランスは人間の身体にも影響を及ぼします。満月や新月の日に出産が多いとも言われていますし、海亀の産卵は決まって新月の夜。少なからず地球上の生命は、太陽と月の力を受けています。そして、本作はその皆既月食の日の出産として構成されています。

一日に120人以上の子どもが生まれると言うホーチミンの病院。それはまさに戦場のようです。赤ちゃんがあれだけ生まれたら取り違えることもあるに違いありません。その様子が、流れ作業のように編集される映像。

その機械的な行為を嫌う人もいるのです。それが自宅出産。医師も助産師も立ち会わず友人たちに見守られての出産。それも考え方の一つなのでしょう。危険なこともあるには違いありませんが、人ぞれぞれの出産のカタチなのでしょう。

イルカの立合出産。まあ、実際にはイルカは立っていないのですが、水中出産をイルカ立合の元で行ういたいというのです。イルカには人を癒す効果があると言われています。鳴き声が、優しい瞳が、妊婦を、そして胎児を癒してくれるのです。

また、劣悪な環境での出産もあります。砂漠の民は砂の上で産むのが伝統なんだとか。砂の上と言っても、何か敷くのだろうと思っていると、まったく敷物もなく本当に”砂の上”なのです。衛生的にどうだろうと思いますが、それがしきたりなんだから仕方がない。

インドもまた、貧困に苦しむ環境がありました。産院へは行けず、産婆さんの元へ。それもまた、お国の事情。

国が違えば文化が違います。そうすると出産に対する考え方も違ってきます。出産に対しての考え方は、出産スタイルの違いへと通じ、それぞれの個人の考え方を色濃く繁栄していきます。

不安、激痛、そして新しい生命の誕生。国によって違いはあっても、新しい生命の誕生の瞬間、顔を輝かせる女性たちの表情は一様に美しいです。そして、すべての赤ちゃんは、たくさんの人々から祝福されて生まれてくるのです。生命の神秘を垣間見た瞬間でした。どうして赤ちゃんを見る眼はあんなに優しく幸せに満ちているのだろう。見終えると優しい気持ちになれる、感動的なドキュメンタリー作品です。

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「奇跡のシンフォニー」私的映画考Vol.149

先日、「奇跡のシンフォニー」を観てきました。カーステン・シェリダン監督作品。出演:フレディ・ハイモア(「アーサーとミニモイの不思議な国」「チャーリーとチョコレート工場」「ネバーランド」)、ジョナサン・リース=マイヤーズ(「マッチポイント」)、ケリー・ラッセル(「ウエイトレス~おいしい人生のつくりかた」)、テレンス・ハワード(「ハンティング・パーティ」「ブレイブワン」)、ロビン・ウィリアムズ(「ナイトミュージアム」「ライセンス・トゥ・ウエディング」)他。

両親が必ず迎えに来ると信じながら養護施設で暮らす、11歳の少年・エヴァン(フレディ・ハイモア)。ある日、不思議な音に導かれニューヨークのマンハッタンへと向かう。そこで“ウィザード”と名乗る男(ロビン・ウィリアムズ)にギターを習い、ストリートミュージシャンとして音楽の才能を開花させていく。一方、結ばれぬまま別離したエヴァンの母ライラ(ケリー・ラッセル)と父ルイス(ジョナサン・リース=マイヤーズ)も、それぞれの想いを胸に、呼び寄せられるように、マンハッタンを目指すが・・・。

音楽の才能を開花させていく少年エヴァン。始めて降り立ったマンハッタンの雑踏は、様々な音に溢れ、すべてがリズムを刻み、すべてがメロディとハーモニーを奏でていたのでした。絶対音感を持っていると思われるエヴァンにはそれが、音楽となっていくのです。音楽の三要素、メロディ、ハーモニー、リズムを体感的に表現していく、このシーンは秀逸です。

そして、マンハッタンで出会った男・ウィザードは、エヴァンを音楽の世界へと導きます。しかし、彼には専門的な知識はなく、語るのは抽象的なことばかり。「心で奏でろ」と。それはそれで間違いではないのでしょうが、エヴァンには物足りなかったことでしょう。

始めてギターに触れる瞬間。どんな音が鳴るのだろう、どんな響きがするのだろう。好奇心いっぱいのエヴァン。嬉々とした表情がとても良いです。音楽を演奏することが楽しくて仕方がない。満面の笑みを浮かべながら、なおかつ演奏スタイルは独創的。エヴァンの奏でる音楽は見る者、聞く者を魅了して止みません。そして、その胸の中には、この音楽が両親の元へ届け!という熱い想いが込められていたのです。

パイプオルガンに触れた瞬間もまた、凄まじいモノがありました。少女に基本的な音階を教わったエヴァンでしたが、天才的な創造力で、自分の内から湧き上がるメロディを、感性で弾き上げてしまうのでした。後光の差す中、その姿を見つめる神父。感動的なシーンです。

様々な出来事を経験し、助けられ、支えられ、エヴァンはいつしか、ジュリアード音楽学院へと進みます。そこで、彼は、専門的な知識を学び、より高度な音楽を作り上げます。そして、クライマックスの演奏会へ・・・。

泣き所は何度も訪れます。音楽に目覚める瞬間。そして、親子の再会。なかでも、父と知らずルイスと出会うエヴァン。年の離れたストリートミュージシャン同士。共通なのは音楽。何故かセッションが楽しい。息が合う。互いに相手に対して何かを感じていたのでしょう。実に感動的でした。少し臆病な、それでいて芯のしっかりした少年を演じさせたら天下一品のフレディ・ハイモア。目の輝きが、表情が素晴らしいです。

天才的な音楽の才能を持つ孤児の少年エヴァン、離れ離れとなってしまったチェリストの母ライラと、元ミュージシャンの父ルイス。それぞれの想いを抱きながら、音楽に導かれるように、引き寄せられていく姿を描く感動作。心の耳をすませば聞こえる。音楽には言葉も視覚もいらない。音楽は世界中どこでも繋がっているのだから。

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「JUNO/ジュノ」私的映画考Vol.148

先日、「JUNO/ジュノ」を観てきました。ジェイソン・ライトマン監督作品(「サンキュー・スモーキング」)。出演:エレン・ペイジ(「ハードキャンディ」「X-MEN」)、マイケル・セラ、ジェニファー・ガーナー(「エイリアス」シリーズ「エレクトラ」)、ジェイソン・ベイトマン(「キングダム見えざる敵」)、オリヴィア・サルビー、J・K・シモンズ(「スパイダーマン」シリーズ)他。第80回アカデミー賞脚本賞受賞、作品賞、監督賞、主演女優賞ノミネート作品。

16歳のジュノ(エレン・ペイジ)は妊娠してしまった。相手はバンド仲間のポーリー(マイケル・セラ)。高校生が子供を育てられるわけがなく、フリーペーパーで子供を欲しがっている理想的な若夫婦ヴァネッサ(ジェニファー・ガーナー)とマーク(ジェイソン・ベイトマン)を見つけ、里子に出す契約を交わす。ジュノは、大きなお腹を抱えて通学する生活を始めるが・・・。

早すぎる妊娠というテーマにも関わらず、後ろ暗さやいじめなんかは全くありません。家族や友人の応援もあり、そこにジュノの持ち前の明るさや、前向きに事実として受け止めていることにより、全体にあっけらかんとしている印象が、本作の最大の魅力なのかもしれません。

最初は産むのか産まないのか悩みはしますが、それもほんの一瞬。生命の神秘さに気づいたジュノは出産へと突き進みます。ジュノの家族がとても良いです。実の父・マック(J・K・シモンズ)と継母ブレンと妹の4人家族。継母とはそれほど良い関係とは思えませんが、それでも、継母はしっかりとジュノのことを信頼しています。その辺りが言葉の端々に出てくるのです。

父もまたしっかりとした存在感で、ジュノを助けます。赤ちゃんの父親であるポーリーに何か言うわけではなく、じっと眼を見つめ肩にそっと手を乗せる。感動的な良いシーンでした。大きな愛に包まれていることに気づくジュノなのでした。

他にも泣き所は沢山あり、観る者の経験や考え方によって、感動出来るシーンがいくつもあるに違いありません。祝福されて生まれてくる子供に罪はなく、どこかできっと誕生を待っている人がいる。それがどれだけ幸せなことか。そして、ジュノは本当に大切なモノに気づき、それを手に入れたに違いありません。

物語は秋にはじまり、冬、春と過ぎ、夏で終わります。16歳で“できちゃった”女子高生とその家族、友人、里親志願のカップルの騒動を描くハートウォーミング・ドラマ。ジュノのキュートでパワフルな笑顔をぜひともご覧ください。

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「幸せになるための27のドレス」私的映画考Vol.147

先日、「幸せになるための27のドレス」を観てきました。アン・フレッチャー監督作品(「ステップ・アップ」)。出演:キャサリン・ハイグル、ジェームズ・マッデン(「X-MEN」シリーズ「ヘアスプレー」「魔法にかけられて」)、マリン・アッカーマン、エドワード・バーンズ(「ホリデイ」「サウンド・オブ・サンダー」)、ジュディ・グリア他。

8歳の時にいとこの結婚式でピンチを救ったジェーン。それ以来、花嫁付添い人役(ブライドメイド)に生き甲斐を見出していた。アウトドア・ブランドの社長秘書として働くようになっていたジェーン(キャサリン・ハイグル)は、毎日、誰かの結婚式の準備に奔走していた。社長のジョージ(エドワード・バーンズ)に恋をしていたモノの、打ち明けられずにいた。そんな彼女に、地元新聞で結婚式の取材記事を書いているケビン(ジェームズ・マッデン)が目をつける。ジェーンのブライド・メイド人生を記事にし、それを手柄に部署から抜け出そうとし考えたのだが・・・。

冒頭の結婚式の掛け持ちはユーモラスでいて、ジェーンのブライドメイドに掛ける情熱を表現しています。どんなに疲れ果てても、どんなに大変でも、幸せそうな花嫁や、家族たちの笑顔を見るのが彼女の生き甲斐なのです。でも、家に帰ってドレスをクローゼットにしまう時。クローゼットに入りきれない27着のドレスを見て、虚しさが打ち寄せるのです。

そんなある日、妹のテス(マリン・アッカーマン)がやってきます。ジョージとテスは出会ってすぐに一目惚れ。とんとん拍子に話は進み、結婚することになります。ジェーンが憧れていたジョージだったのに・・・。その後、亡き母のウエディングドレスをめぐって一悶着。

そんなジェーンに興味を持ったのは、結婚式の取材記事を書いているケビンでした。ケビンは結婚に否定的。ジェーンとの会話もまるでかみ合わない。最悪の印象。そんなケビンにも、結婚式に関して悲しい過去があったのです。そして、取材を続けるうちにケビンは、ジェーンに次第に惹かれるようになっていきます。酒の勢いを借り、本音を言い合い、歌い踊り、意気投合するシーンは自然に笑顔になり、感動的でもあります。

姉妹の父親がまた良いです。二人のしあわせだけを願っている父でしたが、ちょっぴりデリカシーに欠けた行動があるのは致し方ないのかもしれません。でも父親のまっすぐな愛を感じられるシーンは良いです。

ズバリ泣き所は、ラストの結婚式のシーン。ユーモラスでいて、幸せに溢れた良いシーンです。

「ノー」と言えないジェーンは、幸せを掴むことが出来るのでしょうか?本当に大切なモノを手に入れるのはとても大変なこと。でも、出来ない事じゃない。本当の愛はすぐそこにあるのだから。友達の幸せを応援してばかりいて、恋に臆病になっている女性の姿を描きながら、自分を見つめ、成長していく姿を描く感動作。

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「つぐない」私的映画考Vol.146

先日、「つぐない」を観てきました。ジョー・ライト監督作品(「プライドと偏見」)。出演:キーラ・ナイトレイ(「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ「シルク」)、ジェームズ・マカヴォイ(「ラストキング・オブ・スコットランド」)、シーアシャ・ローナン、ロモーラ・ガライ、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、ブレンダ・ブレッシン他。第80回アカデミー賞作品賞他ノミネート、作曲賞受賞作品。

第二次世界大戦直前の英国。政府官僚の娘で作家を志す13歳の少女・ブライオニーは、姉・セシーリア(キーラ・ナイトレイ)と、使用人の息子で幼なじみのロビー(ジェイムズ・マカヴォイ)のただならぬ関係を察知し、ロビーへの警戒心を抱いていた。そして事件は起きる。ブライオニーの嘘の証言によって、愛しあうふたりは無残にも引き裂かれてしまう。犯した過ちの重さにブライオニーが気づいたときには、泥沼の戦争が始まっていた。

前半は、美しい英国の景色を背景に、せつない夏の一日を描きます。戯曲を書き上げたブライオニー。いらだついとこたち。久しぶりに帰宅する兄とその友人。そして、反発しあうセシーリアとロビー。幼なじみでもあるふたりでしたが、大人になった今、どこかぎこちない。それは、住む世界が違うのに、恋をしてしまった、ふたりの本当の気持ちに他ならなかった。

そして、事件が発生。無実の罪で投獄されるロビー。後半は、第二次世界大戦が始まり、ロビーは軍隊へ。束の間、すれ違うふたり。愛を確かめ合うふたり。しかし、無情にもロビーは戦場へと赴きます。お互いを想いながら、お互いの場所で懸命に出来ることをしていくしかなかったのでした。約束の日を夢見て・・・。

戦場をさまようロビーたち。何日も歩いてようやく浜辺に辿り着く。そこは敗色濃厚の英国軍の引き上げを待つ人の群れでした。ワンカットでその状況を説明するようなシーンは興味深いです。ロビーたちが歩き回りながらカメラが動き、そこにいる人々の行動をつぶさに描きます。良く計算されたシーンです。

音楽も雄壮で美しく、物語を盛り上げます。そして、劇中に使われたタイプライターを音楽にも取り入れ、効果的に使っています。

幼さゆえの潔癖さと嫉妬心が生んだ罪と、それを償うチャンスすら奪い去ろうとする戦争の残酷さを描いた本作。真実はあまりにも非情で、あまりにも悲しい。堂々と生きるために雄々しく生きた人々。せつない恋心。引き裂かれたふたりは、再び巡り会うことが出来るのか?そして、”償い”は・・・。

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「ファウンテン 永遠につづく愛」私的映画考Vol.145

先日、DVDで「ファウンテン 永遠につづく愛」を観ました。ダーレン・アロノフスキー監督作品。出演:ヒュー・ジャックマン(「X-MEN」シリーズ「プレステージ」)、レイチェル・ワイズ(「ナイロビの蜂」「マイ・ブルーベリー・ナイツ」)、エレン・バースティン他。

医師のトミー(ヒュー・ジャックマン)は最愛の妻イジー(レイチェル・ワイズ)を死の病から救うため、新薬の開発に没頭していた。運命を受け入れたイジーは、残された時間を少しでも夫と過ごしたいと願うが、薬の完成を焦るトミーは彼女を遠ざけてしまう。そんな中、イジーは「あなたが完成させて」と最終章を残した書きかけの本をトミーに託す。それはトミーの前世とおぼしき中世スペインの騎士が、愛する王女のために、永遠の命を授けるという<ファウンテン(生命の泉)>を探す物語だった・・・。

現在・過去・未来を時間を前後しながら物語は展開します。現在は、医師のトミーと死の病に伏したイジー。愛する妻を救うため、自らの仕事に没頭するトミー。過去は、イジーが綴った中世スペインの物語。「生命の木」をめぐって騎士は奔走します。そして、未来。巨大なスノーボウルのような透明の球体型の宇宙船にのる男。宇宙船の中には大きな木が一本。それも、また「生命の木」。

まったく舞台と設定の異なる男女、それぞれをヒュー・ジャックマンとレイチェル・ワイズが演じる3つのラブストーリー。中心になるのは、愛する人の死が目前に迫り、途方にくれる現代のトミー。その進行に沿うようにして過去と未来が描かれます。そこには「生命の木」の力が働いているよう。

光と影、白と金色を基調とした映像はとにかく美しいです。美しく、優しく、詩的で、幻想的。夢なのか、空想なのか、それとも前世の体験なのか。

物語を追う内に、人間はどこから来てどこへ行くのか。輪廻転生。生命の根源とはいったい何なのか。と言う思いが交錯します。愛し合うふたりが共に永遠に生きることは出来ないのかもしれませんが、永遠に続く愛はあるのかもしれません。

まぶしい光の向こうには何があるのか?死と復活。生まれ変わり。死を受け入れてこそ生がある。自分を解放してこそ、未来がある。少し複雑で、難解な印象を受ける作品ではありますが、美しい映像を堪能しながら、人生や宇宙に存在する事物の二面性を感じられるラブストーリーです。

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「ランボー 最後の戦場」私的映画考Vol.144

先日、「ランボー 最後の戦場」を観てきました。シルベスター・スタローン監督作品(「ロッキー・ザ・ファイナル」)。出演 :シルベスター・スタローン、マシュー・マースデン、グレアム・マクタビッシュ、レイ・ガイエゴス、ティム・カン、ジェイク・ラ・ボッツ、ジュリー・ベンツ他。

故郷アメリカを離れ、タイの山の中で孤独な日々を送っているジョン・ランボー。ミャンマーの少数民族を支援するため、キリスト教支援団体の一行が現れる。医療品を届けるための船を出して欲しいとランボーに依頼しに来たのだ。送り届けたランボーだったが、安否が気になっていた。そして、不安は的中し、一行が軍に拉致されたとの知らせを受けるランボー。救出のために雇われた傭兵部隊5人と共に、手製のナイフと、弓矢を手にしたランボーは戦場へと赴くのだったが・・・。

ミャンマー軍によるカレン族虐殺の実態は、凄まじいモノです。実際のニュース映像も映し出されていますが、凄惨極まりない。思わず眼を覆ってしまうモノばかり。劇中に登場する戦闘シーンは、映像技術の進歩により、さらに壮絶になっています。R-15指定ですので鑑賞には注意が必要です。

しかし、それが、今日でも世界に存在している戦場の現実なのです。ランボーは、孤独に戦場とはかけ離れた世界で、ひっそりと生きてきましたが、キリスト教支援団体の女性・サラの志の高さに感銘を受け協力します。が、捕らわれた一行。危険を承知の上での行動でしたが、悲惨な現実を目の当たりにした彼らは自分達の行く末に恐怖します。

そして、傭兵部隊と共に立ち上がるランボー。目的を持たずに生きるか、何かのために死ぬか。ランボーはここを最後の戦場と決意して、森を走るのです。凄惨な戦場を見つめるランボーの胸に去来するモノはいったい何だったのでしょう。虚しさだったのでしょうか、それとも郷愁だったのでしょうか。戦場には神はいない。このむなしく愚かな行為はいつまで続くのか。

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「僕の彼女はサイボーグ」私的映画考Vol.143

先日、「僕の彼女はサイボーグ」を観てきました。クァク・ジェヨン監督作品(「猟奇的な彼女」「僕の彼女を紹介します」「ラブストーリー」)。出演:綾瀬はるか、小出恵介、桐谷健太、田口浩正、遠藤憲一他。

大学生のジローは、ひとりぼっちで20歳の誕生日を過ごしていた。寂しいジローの前に、突然キュートな“彼女”が現れる。楽しい一時を彼女と過ごしたジローだったが、突然、彼女は姿を消してしまう。そして、1年後の21歳の誕生日。ジローの目の前に再び彼女が現れ、結果的に彼の命を救う。外見は確かに1年前に出会った彼女でしたが、どこかが違う。そう、彼女はサイボーグだったのです。

クァク・ジェヨン監督が、日本を舞台に、「猟奇的な彼女」「僕の彼女を紹介します」のような、可憐だけどパワフルな“彼女”と、ちょっと頼りない“僕”の、ピュアで切ないラブストーリーを誕生させました。

”彼”ジローは、いつも微笑みを浮かべて、怒ることなんかないような、ちょっと気弱で、心優しい男の子。でも、“彼女”を想う気持ちは誰にも負けない。一途に彼女を愛し続け、優しく見守ります。

”彼女”はミステリアスな存在で、言動はハチャメチャで、何をやるか分からない。そして、暴力的。でも、彼のことを分かろうと必死なのには違いありません。そして、彼を守るという使命を帯びている彼女は、徹底的に守ります。ちょっと、的外れな行動が笑えます。サイボーグの彼女は、歩く度にドスドスという音がして、ちょっと面白いです。

しかし、彼女は未来から現れたサイボーグ。彼の命を救い、過去を変えてしまったのです。そして、変わってしまった時間は、元に戻ろうと彼に迫ります。東京を襲う大地震!彼の運命はいかに・・・。

クァク・ジェヨン監督の他作品と同様に、音楽の使い方が上手いのも、さすがと思わせてくれます。挿入歌が入り、ミュージックビデオ風に映像が流れ、時間の経過も描いていて、感動的でもあります。ジローの過去への旅もまた、霧に包まれた古里をノスタルジックな映像で綴ります。このシーンで流れる童謡風の挿入歌も良いです。

過去は過去として存在し変えられない、だからこそ、現在を、未来を、しっかりと自分らしく生きることが大切なんだと感じました。

あいかわらず、笑わせてくれて最後には、ホロッとさせてくれるクァク・ジェヨン監督。SF設定的には、かなり強引で、タイムパラドックスの種明かしは、少々無理があるようにも思えます。が、難しいことはさておき、人間とロボットのせつない恋模様、優しい愛情に溢れた情景を存分にお楽しみください。その感情は愛なのか?それともプログラムなのか?

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「ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛」私的映画考Vol.142

先日、「ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛」を観てきました。アンドリュー・アダムソン監督作品。原作:C・S・ルイス。出演:ジョージー・ヘンリー、スキャンダー・ケインズ、ウィリアム・モーズリー、アナ・ポップルウェル、ベン・バーンズ他。

ペペンシー兄妹の治めた黄金時代から1300年の歳月が流れたナルニア国。魔法の国ナルニアは、戦闘民族テルマール人に征服されていた。迫害され生き残ったわずかなナルニアの民は森に潜み暮らしていた。一方、テルマールの王宮では、亡き王の弟ミラースに世継ぎが生まれ、王位継承者であったカスピアン王子(ベン・バーンズ)の暗殺を企てる。逃げるカスピアンは、”魔法の角笛”だけを手に城から逃亡し、逃げ込んだ森の奥深くで、ナルニアの民たちと出会うが・・・。

前作から1年ロンドンの暮らしにも慣れ始めたピーター、スーザン、エドマンド、ルーシィのペペンシー兄妹でしたが、ナルニア国が忘れられません。そんな、ある日、予感めいたモノを感じた兄妹たち。地下鉄のホームで見た光景は、忘れもしないナルニアの青き海と白い砂浜でした。しかし、兄妹たちが見たナルニアは、かつての繁栄は見る影もなく、荒廃しきっていました。愕然とする兄妹たち。

ナルニアの民の生き残りがいると情報を得た兄妹たちは、森を行きます。アスランの影を見たルーシィでしたが、兄妹たちは誰も信じてくれません。その後、カスピアン王子とも出会い、ナルニアの民ともで会うことが出来ました。すぐにテルマール人は攻めてくる、準備を進めなくてはと急ぎます。

そして、テルマール人の軍勢はナルニアの民に迫ります。圧倒的な力の前に敗れてしまうのか?!その時、彼らの前に現れたのは、かつてのあの勇姿でした。

伝説の四人の王を呼び戻すと言われる”魔法の角笛”。角笛を持ったカスピアン王子。角笛によって再び呼び戻された兄妹たち。かつて全能なる王アスランに祝福され、生きとし生けるもの全てが幸福に包まれていたナルニア国を取り戻すため、人間の王子が魔法の国の民を率いて立ち上がります。

名誉を重んじるのは良いが、名誉を重んじすぎると、周りが見えなくなる。謙虚さこそ、人の上に立つモノに必要なこと。そして、二度と同じ事は起きないし、過ぎたことはやり直せないのです。何よりも、ナルニアに来て多くのモノを学んだ兄妹たちの精神的な成長にも、見る者を勇気づけてくれるような気がします。

前作にも増して映像技術の進化に目を見張ります。もはや、映像に出来ないモノはないんでしょう。雄大な自然も実に美しいですが、その舞台を所狭しと駆けめぐるナルニアの民と4人の王の活躍。誇り高きネズミの騎士は要注目です。構想、スケール、ドラマ性において前作を遥かに凌いでいる本作。前作を再度観てから鑑賞すると、細かなところがより楽しめるようになっています。

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「プライドと偏見」私的映画考Vol.141

今日、ご紹介するのは「プライドと偏見」です。ジョー・ライト監督作品。出演:キーラ・ナイトレイ(「シルク」「パイレーツ・オブ・カリビアン」)、マシュー・マクファディン、ドナルド・サザーランド、ブレンダ・ブレッシン他。

18世紀末のイギリス。あまり裕福ではないベネット家の5人姉妹。同じ町に大富豪の独身男性ビングリーがやってきた。美しく長女ジェーンとビングリーが互いに惹かれ合うようになる。一方、快活な次女エリザベス(キーラ・ナイトレイ)は、ビングリーの親友ダーシー(マシュー・マクファディン)と出会うが、気位の高さに強い反発を抱く。エリザベスは、ダーシーの様々な噂を耳にし、ますます嫌悪感を募らせていくエリザベスだったが、なぜか気になっていくのだが・・・。

何度も出会い、反発し合うエリザベスとダーシー。キーラ・ナイトレイ扮するエリザベスの凛とした佇まいはどこまでも清々しく、美しく、知的。一見暗そうで何を考えているか分からないが、穏やかな紳士のダーシー。噂や嘘があらぬ誤解を生み、ますます反発していきます。しかし、その行動の裏には、大きな愛があったのです。

この時代の女性たちには財産相続の権利がないために、結婚はまさに死活問題。現代とは少し違うのでしょうが、結婚にあこがれる気持ちもあれば、将来の自分をどう思い描くか、そのための財産形成をどうすれば良いのか。様々な葛藤があります。そんな中、本作で描かれているのは、人間の傲慢さと愚かさ。

そして、その対比として描かれているのは、18世紀の美しいイギリスの風景。今でもこの景色が存在する事は素晴らしいことだと思えます。自然はとても偉大で、自然の美しさに比べたら人間など比べものにならない。自然の中では人間はほんのちっぽけな存在で、その中のひとりである自分は、もっとちっぽけでもっと愚かなのかもしれない。

ズバリ泣き所は、ラストシーン。父と娘の語らい。大きく包み込むような愛を、信じる心を、信頼を感じられる素敵なシーンになっています。父の潤んだ瞳がまた良いです。

本当に大切なのは、相手の本質を見極めること。噂や嘘、傲慢さやプライドで覆われた表面上の事は時に真実でないこともあるのだから。

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「ダージリン急行」私的映画考Vol.140

先日、「ダージリン急行」を観てきました。ウェス・アンダーソン監督作品(「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」「ライフ・アクアティック」)。出演:オーウェン・ウィルソン(「シャンハイ・ナイト」「エネミー・ライン」)、エイドリアン・ブロディ(「戦場のピアニスト」「ジャケット」)、ジェイソン・シュワルツマン(「マリー・アントワネット」)、アンジェリカ・ヒューストン、ビル・マーレイ他。

インド北西部を走るダージリン急行。長男フランシス(オーウェン・ウィルソン)の呼びかけで、次男ジャック(エイドリアン・ブロディ)と三男ピーター(ジェイソン・シュワルツマン)がやって来る。フランシスはインドの旅を通じて、絶縁状態だった兄弟の結束を再び高めようとしていた。それぞれに個人の問題を抱えている兄弟は、ケンカが絶えず、トラブルから3人は列車を放り出されてしまうが・・・。

新しいのか古いのかわからない独特の雰囲気が面白く、思わず笑ってしまいます。カメラ目線を多用するカメラアングルも面白いです。

それぞれの個人の問題、家族の問題、1年ぶりに揃った三兄弟。兄弟は今はぞれぞれに生きいるかもしれませんが、過去には三兄弟で過ごしてきたのです。母親は早くに育児放棄し、家にいませんでした。兄弟で力を合わせて生きてきたのです。そんな、兄弟の本当の仲の良さ、信頼関係が垣間見えるシーンがいくつもあり、それが本作の厚みにもつながっています。

この旅には目的があるのですが、それは「心の旅」にふさわしいモノでした。一度は挫折し、旅を中断しようとしますが、ここまで来て引き返せない。台詞はないのですが、やり遂げなければと兄弟が結束する、空港のシーンも素敵です。

そして、旅の目的地に辿り着いたとき、心を解き放ち、わだかまりをなくし、もっと自分を自由に表現し、後悔を捨て、将来のために生きる努力をあらためて誓う兄弟なのでした。ラストで兄弟が列車に飛び乗るシーンは、勇気が持てたような気になる良いシーンです。

誰しも、時には人生を変える「心の旅」が必要で、その旅を通して、途切れかけていた「家族の絆」を結び直し、より強い繋がりにしようと努力することが大切なのだと気づかせてくれます。全体にほのぼのとした雰囲気で、旅の途中で出会う人々、掛かり合う人々、様々な出来事を通して、あらためて家族の絆の大切さに気づかせてくれる作品です。

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「ハンティング・パーティ」私的映画考Vol.139

先日、「ハンティング・パーティ」を観てきました。リチャード・シェパード監督作品。出演:リチャード・ギア(「綴り字のシーズン」「Shall we Dance? シャル・ウィ・ダンス?」「シカゴ) 」)、テレンス・ハワード(「ブレイブワン」)、ジェシー・アイゼンバーグ、ダイアン・クルーガー他。

かつて紛争地域から、伝説的なレポートを送り届けていた名コンビ・サイモン(リチャード・ギア)とカメラマンのダック(テレンス・ハワード)。しかしある事件をきっかけにサイモンは仕事をクビになり、次第に消息は聞かれなくなっていった。一方、ニューヨークに戻ったダックは出世していった。そんな二人が数年ぶりにボスニアのサラエボで再会する。「大きなネタ」を持っていると言うサイモン。それは虐殺事件の首謀者であり、戦争犯罪人フォックスの居所だった。彼らはフォックスにインタビューするために危険地帯へと足を踏み入くが・・・。

あいかわらず、世界情勢に疎い私は、「ボスニア紛争」と言う言葉は聞いたことはあっても、それがどんなモノなのかはまったくと言っていいほど、分かりませんでした。極めて宗教的な原因のようには思いましたが、民族の違い、文化の違い、宗教の違いでどうしてあそこまで残虐な行為が行われていくのでしょうか。

そのボスニア紛争の中でも、国際的にも大きな問題になったのが8000人が殺害された「スレブレニツァの虐殺」。虐殺の首謀者カラジッチは国際法廷で有罪判決を受けたのですが、いまだに捕まっていないというのです。

本作はカラジッチをモデルにしたフォックスという男を追う男たちを描いた作品ですが、かつては伝説とまで言われたレポーターのサイモンと相棒のカメラマン・ダックのふたりの関係が実に良いです。

不祥事を起こしサイモンは、局をクビになり、現場から遠のいていきました。それでも、紛争のあるところにとどまり、取材を重ねていたのでした。そんな彼の前に、カメラマンとして出世していたダックが取材のため現れました。最初は、ぎこちないふたりでしたが、次第に昔を思い出したかのように、息のあった名コンビになっていきます。

サイモンは、「戦争犯罪人フォックスの居所」の情報を得たと言い、旧友ダックを巻き込んで取材を開始しますが、思わぬ事件へと発展していくのでした。やることなすことむちゃくちゃなサイモン。自暴自棄のようにも見えますが、復讐とも言える正義感が彼の奥底には潜んでいるのです。

「どこにでも戦争はある」と言うサイモンの台詞が印象的。プロとして仕事に命をかけることの素晴らしさ、そして、危険に身をさらすことが生きることと言わんばかりの充足感を味わっていくサイモンたち。おもわぬ真実を元に構築されている本作。シリアスな問題を提起しつつ、サスペンスのテイストを生かした、爽快な後味の社会派エンタテインメント作品になっています。

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「最高の人生の見つけ方」私的映画考Vol.138

先日、「最高の人生の見つけ方」を観てきました。ロブ・ライナー監督作品(「迷い婚」「スタンド・バイ・ミー」)。出演:ジャック・ニコルソン(「ディパーテッド」「恋愛適齢期」)、モーガン・フリーマン(「ミリオンダラーベイビー」「ドライビング・Miss・デイジー」「セブン」)、ショーン・ヘイズ、ロブ・モロー、ビバリー・トッド他。

自動車整備工のカーター(モーガン・フリーマン)と実業家で大金持ちのエドワード(ジャック・ニコルソン)。入院先の病院で相部屋となり出会う。カーターには見舞いに訪れる家族がいるが、エドワードには秘書しか訪れない。そんな矢先、検査の結果、共に余命半年の末期ガンであることが判明した。カーターは、死ぬ前にやっておきたいことをメモした“棺おけリスト”を書き始めていた。それを見つけたエドワードはリストの実行を持ちかけ、2人は周囲の反対を押し切って冒険の旅に出るのだったが・・・。

「荘厳な景色を見る」
「赤の他人に親切にする」
「涙が出るほど笑う」
「スカイダイビングをする」
「ライオン狩りに行く」
「世界一の美女にキスをする」・・・・・・

まずふたりが挑戦したのは、スカイダイビング。憧れのレーシングカーに乗り、子供のようにはしゃぐふたり。タージマハル、ピラミッド、ヒマラヤ等々世界を周りながら、ふたりは友情を深め合っていきますが、カーターの家族は身体を心配していました。そして、誰も信用してこなかったエドワードは、誰にも心配されることはありませんでした。対照的なふたりではありましたが、人生でやり残したことを次々に達成していきます。

旅の中でふたりはかけがえのない友情を築いてゆきます。ピラミッドを見ながら会話するふたり。美しく感動的なシーンです。ズバリ泣き所は、エドワードのスピーチ。人生の終わりで、始めて心を許しあえる友を得たエドワード。そして、人生を楽しみ、心の眼を開くこと。そのことの大切さを知るのでした。

人生を楽しんでいるだろうか、やり残したことはないだろうか、夢があったのでは・・・。様々な想いが駆けめぐります。あらためて人生を振り返るきっかけになるような作品です。人生で、一番大切なこととはいったい何なのでしょう。

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「迷子の警察音楽隊」私的映画考Vol.137

先日、「迷子の警察音楽隊」を観てきました。エラン・コリリン監督作品。出演:サッソン・ガーベイ、ロニ・エルカベッツ、サーレフ・バクリ他。

1990年代のイスラエル。空港に降り立ったアレクサンドリア警察音楽隊。文化交流のためエジプトからやってきたのだ。が、何かの手違いか出迎えが来ない。自力で目的地へたどり着こうとした彼らは、別の小さな町に着いてしまう。途方にくれる彼らを助けたのは、食堂の女主人ディナ(ロニ・エルカベッツ)だった。

なんとも言えない”間”が面白く、思わず笑ってしまいます。音楽隊の皆は国を背負ってきていると言う使命感からか至極真面目。言葉もあまり通じないし、文化も違う。でも、なんとか英語を使って交流していきます。ぎこちないですが、真面目に取り組んでいるからこそ笑えるんですね。

2国間の関係にあまり詳しくない私ですが、幾度となく戦争してきたという背景が垣間見えます。そして、家庭の問題、男女の問題。文化や言葉が違っても、悩みの種はそんなに変わらない。次第に人間同士として打ち解け合い、魂の交流をしていきます。

団長トゥフィーク(サッソン・ガーベイ)と女主人ディナは傷をなめ合うかのように悲しみ・淋しさを吐露していきます。若手団員カーレド(サーレフ・バクリ)と地元の若者パピ。女性との関係を深めたいパピでしたが、奥手の彼はカーレドに手取り足取り指南を受けます。最高に面白いシーンですが、ほのぼのとして感動的でもあります。

様々な人間模様を交え、ぎこちないけれども、心の交流を重ね、親密感が生まれていく様子は実にほほえましく、温かい気持ちになります。国や宗教を超えた交流。音楽は、文化が違ったとしても、人間として共通するモノを分かち合えるのかもしれません。

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「サルバドールの朝」私的映画考Vol.136

先日、DVDで「サルバドールの朝 」を観ました。マヌエル・ウエルガ監督作品。出演:ダニエル・ブリュール(「グッバイ、レーニン!」)、レオノール・ワトリング、レオナルド・スバラグリア、ホエル・ホアン、セルソ・ブガーリョ他。

1970年代初頭、フランコ独裁政権末期のスペイン。青年サルバドール(ダニエル・ブリュール)は、仲間たちと反体制運動に身を投じていた。資金調達のため銀行強盗を繰り返す彼らに警察の捜査の手が伸び、サルバドールは逮捕される。瀕死の重傷を負いながらも一命をとりとめたサルバドールだったが、彼が放った銃弾で警官が命を落とした。そのことによりサルバドールは死刑を宣告される。そして、運命の朝がやってくる・・・。

前半は逮捕までの過程を回想シーンで綴り、反体制運動はどんな風に行われ、サルバドールがどう係わっていったのかが描かれます。後半は刑務所内の出来事が中心で、看守ヘスス(レオナルド・スバラグリア)とのかかわり、そして、父と息子との関係が描かれます。

”フランコ政権”と言う言葉は聞いたことがありましたが、実際にどんな状況であったのかは知りませんでした。反体制運動の実際の映像も盛り込まれていますが、その過激さは悲惨でもあります。そして、死刑宣告。他のグループによるフランコ暗殺に対する報復とも言える判決でしたが、こんなことが三十数年前に実際にあったのです。

確かに、サルバドールたちの行為は、元恋人を危険にさらしたり、武装して銀行を襲うことは、許されることではありません。がしかし、暴力団まがいの警察や不当な裁判も含め、恐怖と暴力で人を押さえつけることは、さらに許されることではないはずです。そんな体制に対して、志を持ったず若者でしたが、力の前に屈してしまうのでした。

しかし、死刑執行の朝は近づきます。恩赦を得るために弁護士を始めとした周囲の人々が、サルバドールのために奔走します。最後まで諦めない姉妹たち。そして、運命の日が明けていきます。夜明けの空が赤く、蒼く染まり、せつなく滲みます。

正義と自由を信じ、世界は変えられると理想に燃えていたサルバドールは、国のため礎となったのでしょうか?悲しみの雨は今日も降り続ける。真実に基づいた物語は、なんとも言えない迫力も持ち、悲しい気持ちは深く残っていきます。

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「ボルベール<帰郷>」私的映画考Vol.135

先日、DVDで「ボルベール<帰郷>」を観ました。ペドロ・アルモドバル監督作品。出演:ペネロペ・クルス、カルメン・マウラ、ロラ・ドゥエニャス、ブランカ・ポルティージョ、チュス・ランプレアヴェ他。第79回アカデミー賞主演女優賞ノミネート(ペネロペ・クルス)。

失業中の夫の分まで働く、気丈で美しいライムンダ(ペネロペ・クルス)。だが彼女の留守中、夫が娘パウラに関係を迫り、抵抗した娘は勢いあまって父親を殺してしまう。そんな中、「故郷の叔母が死んだ」と知らせが入る。叔母の葬儀のため帰郷したライムンダの姉ソーレ(ロラ・ドゥエニャス)は、死んだはずの姉妹の母(カルメン・マウラ)の亡霊と出会うのだが・・・。

大昔に死んだはずの母の亡霊、二人の娘、孫娘、叔母、隣人の6人の女性が登場します。ライムンダは、気丈で、情熱的。姉のソーレはお姉さんらしく気を使う。叔母の家の隣人アグスティナは、叔母に良くしてくれるのですが、母親の失踪を気にしていますが、自分もガンであることを告知され意気消沈。

あいかわらずストーリーを知らずに観ているので、突然の二つの死に物語の出演者と同様に驚きます。伏線が見事で、あらゆることが後で効いてきます。俯瞰の映像で包丁を洗うシーンが冒頭にあるのですが、弾みで父親を殺してしまう娘の悲劇を暗示しています。

死んだはずの母親が帰ってくるあたりからは大林宣彦監督作品「ふたり」のようなファンタジックな内容かと思わせますが、ところが、そこには笑いと涙と、悲しい秘密=過去が隠されていたのです。

人は皆、後悔を持ち生きている。そして、過去と対峙することを恐れ拒絶するが、過去とあらためて向き合うことによって、赦すことが出来、新たな自分に出会えるのに違いありません。それこそが魂の帰郷なのかもしれません。

6人の女性たちの姿を通して、女性のたくましさと母性、そして、尊敬と賞賛をこめて描いていて、そこはかとない感動を味わえる作品です。

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「ブラックサイト」私的映画考Vol.134

先日、「ブラックサイト」を観てきました。グレゴリー・ホブリット監督作品。出演:ダイアン・レイン(「ジャンパー」「運命の女」)、ビリー・バーク、コリン・ハンクス他。

オレゴン州ポートランド。ネット犯罪専門のFBI捜査官ジェニファーは捜査の依頼を受け、あるサイトを見た。そこには、小猫が苦しんでいる姿があった。次第に衰弱していき、死んでいった。その一部始終をライブ映像で配信していたのだ。

数日後、次にサイト上に現れたのは人間の男性のライブ映像だった。サイトのアクセス数が増えれば増えるほど、その男性の死期は早まってしまう。犯行を重ねれば重ねるほどサイトの存在は知れ渡り、アクセス数は増え、被害者たちの死に至る時間は短縮されていく。ジェニファーたちは、あらゆる手だてを尽くして、必死に手がかりを探るのだが・・・。

様々な情報がネットを通じて自由に公開されていく現代。日常生活には欠かせないモノになってきています。私自身もネットにアクセスしない日がないというのが現状です。しかし、同時にそこは匿名性を利用した、多くの悪意が横行する無法地帯でもあり、ネット犯罪は増加の一途をたどっていっているのもまた現実。

「ソウ/SAW」シリーズを彷彿とされる連続猟奇殺人が、全世界にネットを通じて公開されていきます。これほどまでに悪意に満ちたサイトがあるのだろうか。アクセス数が増えれば増えるほど死期は速まり、その加速度を増しながらアクセス数は上昇していき、そのスピードは尋常ではありません。

犯人は実に巧妙で頭脳明晰。懸命に捜査にあたるネット犯罪専門のFBI捜査官たち。わずかな手がかりを頼りに捜査に当たりますが、空回りするばかり。そして、その魔の手はFBI捜査官にまで忍び寄っていきます。

悪質なサイトは後を絶たず、そのシステムは巧妙になっていくばかり。イタチごっこはきりがなく、どうにもならない。手が出せない。募る焦燥感。サイトにアクセスする人々は、人を殺しているという罪悪感はなく、ただの好奇心で、気軽に見ているのでしょうが、それが死期を早めっていることに荷担しているとは、誰もが思いもしないのです。

しかし、そこにはネット社会に氾濫した情報に恨みを持つ者の影が見え隠れし、次第に犯人の実像が浮かび上がっていきます。ネット社会へと警鐘を鳴らす本作。個人情報はいくらでも操作が可能。それが悪意を持つ第三者であったとき、なにが起こってもおかしくはありません。本作を観たらネットに対して恐怖感を抱くかもしれません。

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「王妃の紋章」私的映画考Vol.133

先日、「王妃の紋章」を観てきました。チャン・イーモウ監督作品(「HERO」「LOVERS」「単騎、千里を走る。」)。出演:チョウ・ユンファ(「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」)、コン・リー(「SAYURI」「ハンニバル・ライジング」)、リウ・イエ、ジェイ・チョウ、リー・マン他。

中国、五代十国、後唐の時代。重陽節を前に王家の人々は久しぶりに全員が揃った。王と王妃、それと三人の皇子だ。王と王妃の間は冷え切り、王妃は継子の皇太子と不義の関係を続けていた。王妃は体調が悪いのには何か原因があるに違いないと思い、密偵を放ち、王の陰謀を暴こうとする。密偵を務めた侍医の妻には悲しい過去があり、王に恨みを抱いていたのだった。

金箔と瑠璃が施された豪華な宮廷は、極彩色、絢爛豪華で、とにかく美しいです。美術セットの、あの色彩感覚はどこから来るのだろう。そこでの生活は、贅沢極まりない。しかし、贅沢な生活とは裏腹に、王や家族の心は離れ、王妃は孤独を感じることもしばしば。

刻限を報せる銅鑼の音と歌声も高らかに、練り歩く人々。その声は、王が王妃の健康のために毎日運んでくる“薬”を飲む時間でもあるのです。何人もの召使いが跪き、薬を持ってきます。しかし、その薬の中身は王妃の命を縮めるモノだったのでした。

そこに、顔に「罪」の烙印を押された謎の女が密偵として現れます。彼女には王族との悲しい過去・因縁の関係があったのです。そして、そのことをきっかけに王宮の中で繰り広げられる、血で血を洗う骨肉の争いはエスカレートしていくのでした。

チョウ・ユンファ演じる王のアクションシーンは少なめで、序盤の一度きりです。しかし、その存在感、迫力は群を抜きます。剣と剣が交わるときの飛び散る火花、力で押されて足が動く、鎧のぶつかる音。そして、独特のスローモーションで見せる動き。見応えがあります。

空を飛ぶ忍者軍団も不気味で、恐ろしいです。奇声を上げて、飛び道具を振り回す。正体が見えない分、不気味さも増しています。そして、クライマックスのモブシーンによる闘いは圧巻です。敷き詰められた菊を踏みつけるシーンが印象的で、飛び散る血しぶきに染まっていく菊の紋章が血塗られた王家の悲しい運命を物語っています。

秩序を乱す者を許さない、王。その秩序を乱したとき、復讐の魔の手が忍び寄っていく。多くのモノを傷つけ破壊し、愛するが故の愚行をいつまで続けるのか?その愛はあまりにもせつない。絵画のごとく美しい映像、大迫力のアクションシーンで送る絢爛豪華な歴史絵巻、ここに開幕。大画面、大音響での鑑賞をオススメします。

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「クローバーフィールド」私的映画考Vol.132

先日、「クローバーフィールド/HAKAISHA」を観てきました。マット・リーヴス監督作品。製作:J.J.エイブラムス、出演:マイク・ヴォーゲル、ブレイク・ライヴリー、リジー・キャプラン、マイケル・スタール=デヴィッド、オデット・ユーストマン他。

ニューヨーク。東京への転属が決まったロブのためにサプライズ・パーティが開かれていた。そこに、突然、爆音が響き渡る。表を見ると、遠くのビルが爆発し、炎上していた。危険を感じ、屋外に出てみたところに、爆音と共に何かが飛んでくる。地面に落下したのは自由の女神の頭だった・・・。

ホームビデオで撮られた映像がぶつ切りに流されるという、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」的な作品。何か得体の知れないモノがニューヨークに現れ、破壊を繰り返していきます。一瞬にして焦土と化す街並み、噴煙、炎。阿鼻叫喚。地獄絵図と化したニューヨーク。逃げまどう人々。

パーティ会場からそれら一連の流れをホームビデオが映します。素人っぽいカメラ操作で、手振れが多く、画面が大幅に揺れるので、酔いやすい人は頭がクラクラするかもしれません。ズームやパンは思った以上にゆっくり撮影しないと、ああなるという例です。しかし、それがリアルさに繋がっているとも言えます。

「『クローバーフィールド/HAKAISHA』は、全く新しいアトラクションタイプの映画です。特別な手法による映像は、ご鑑賞時の体調によっては激しい車酔いに似た症状を引き起こす可能性がございます。ご気分のすぐれない方、妊娠中の方、乗り物に酔いやすい方、心臓の弱い方、高血圧の方、小さなお子様などのお客様はくれぐれもご注意の上、ご鑑賞ください。」と言う注意書きが、ホームページに表示され、劇場に貼り紙があったりして、確かにそうかもと思いました。

視野の狭いビデオカメラで撮影された映像。巨大な怪物がよぎる。「ゴジラ(ローランド・エメリッヒ監督作品)」がニューヨークに現れたとき、最初は同じように足だけ、尻尾だけと身体の一部が見えていましたが、次第に俯瞰の映像や大写しの映像になっていきました。

怪獣映画と言えば、怪獣の全身が見えて当たり前、という常識を覆した映像なのです。しかし、本作にはまともに大写しされる映像は少なく、怪獣や謎の巨大生物が現れた時、撮影したとしたら、おそらくこのような映像になるのであろうと思わせてくれます。

コードネーム“Cloverfield”と呼ばれるビデオ映像だけで構成された本作は、怪物の正体や、その後どうなったのかは明かされていません。それがまた恐怖感を煽り、物語としてのリアルさに拍車をかけるのでしょう。合間に見られる幸せだった頃の映像もまた、顛末との対比として、哀しさを増していきます。

LOST」「エイリアス」「M:i:III」のJ.J.エイブラムスが仕掛けた本作。全編に及ぶハンディ・カメラによるドキュメンタリーを思わせるリアルな映像と、最新の視覚効果の融合。新感覚の映像体験が出来る作品です。

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「スタンドアップ」私的映画考Vol.131

今日、ご紹介するのは「スタンドアップ」です。ニキ・カーロ監督作品。出演:シャーリーズ・セロン(「モンスター」「イーオン・フラックス」)、フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、ショーン・ビーン他。

若くして父親の分からない子供を産み、その後、内縁の夫との子供共々暮らしていたが、夫の暴力に堪えられず、子供を連れて故郷に帰ってきたジョージー(シャーリーズ・セロン)。母親は快く迎え入れてくれたが、父は冷たい視線を送るだけ。ジョージーは子供たちのために、自立を目指して、鉱山で働きだす。だが職場では、男性社会に進出してきた女性に対する会社ぐるみの厳しい洗礼と、屈辱的な嫌がらせが待っていた。

1980年代。アメリカ北部の鉱山町。伝統のあるこの町の住人たちは、10代で息子を産んでシングルマザーとなり、戻ってきたジョージーに“身持ちの悪い女”と冷たい視線を向けます。

鉱山で働くようになてもジョージーはいわれのない迫害を受けます。いわゆるセクハラ。女性の社会進出も著しい世の中でしたが、鉱山はまだまだ男性社会。女性の進出は、男性の仕事を奪うことにも繋がると。自分達の職場を守ることが大事で、そのためなら、女性には何をしても良いという感じ。言葉によるセクハラにはじまり、落書き、暴力にまで及びます。それは次第に町にも広がっていき、子供たちも迫害を受けます。

そんな中でも、旧友との友情を深めていきましたが、ある事件をきっかけに、亀裂が入ってしまいます。ここが悲しい。自分で働き、子供たちを養い、家に住む。それがどんなに幸せなことか。ジョージーは、生きると言うことの素晴らしさを実感し始めた矢先の出来事でした。

物語の進行と共に、挿入される裁判の情景。事実が次第に明らかになっていきます。隠されていた過去。セクハラ裁判の難しさ。女性の脆さと強さという相反する両面を見せられているように思えます。そして、裁判の行方は・・・。ズバリ泣き所です。

北の町で繰り広げられる、裁判を軸に、家族の再生を描き、実際の出来事を基に作られた感動作。友のために立ち上がれ、たとえひとりでも立ち上がれ。そんな熱い想いに浸れる作品です。

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「赤毛のアン」私的映画考Vol.130

先日、DVDで「赤毛のアン」を観ました。ケヴィン・サリヴァン監督作品。出演:ミーガン・フォローズ、コリーン・デューハースト、リチャード・ファーンズワース、パトリシア・ハミルトン、シュイラー・グラント他。

カナダのプリンス・エドワード島に住むマシュウ(リチャード・ファーンズワース)とマリラ(コリーン・デューハースト)の独身の老兄妹は、農場の跡を継がせるべく、孤児院からやって来る男の子を養子にしようと考えていた。しかしふたりの前に現われたのは赤毛の少女アン(ミーガン・フォローズ)だった。やがてふたりは、この少女が自分たちの生活になくてはならない存在になっていることに気づくのだった。

ルーシー・モード・モンゴメリの小説「赤毛のアン」をTVドラマ化した作品の劇場公開版。劇場公開されたときに観に行って以来、20年ぶりくらいに観ました。小説の舞台となったプリンス・エドワード島で、実際に撮影された作品で、四季折々の風景が実に美しいです。特に”歓びの白い道”は美しいです。

主人公のアンを演じるミーガン・フォローズもよくぞ見つけてきたと思えるほどのはまり役。三部作の一作目の本作では、11歳から16歳までを演じていて、続編「アンの青春」、「アンの結婚」と20代までのアンの成長を描きます。

物語は様々なエピソードを積み上げていきます。その中で多くの人と出逢い、傷つき、励まされ、どんなときでも明るく前向きに生きたアン。思わず夢中になってしまう空想や、おしゃべりは、なんともおかしく笑ってしまいます。

そして、観ているうちになんだか幸せ気分になってきます。豊かな想像力はどんなモノにも勝る宝物であり、明日は常に失敗のない新たな日なのだから。幸運な間違いから始まったこの物語は、本当の幸せとはいったいなんなのだろうと思うと共に、生きていることに日々感謝をし、懸命に生きることがどんなに大切なのだろうと思える作品です。

赤毛のアン 三部作DVD-BOX 

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「カンバセーションズ」私的映画考Vol.129

先日、「カンバセーションズ」を観ました。ハンス・カノーサ監督作品。出演:ヘレナ・ボナム=カーター(「スウィーニー・トッド」「チャーリーとチョコレート工場」)、アーロン・エッカート(「ブラック・ダリア」)、ノラ・ザヘットナー、エリック・アイデム他。

ウェディング・パーティで、少し場違いな雰囲気を漂わせ、退屈そうにしている彼女。おもむろに席を立ち、タバコの吸える場所を探し始めた彼女をじっと見つめる彼。やっとホールの隅に居場所を見つけた彼女に、彼が近付く。まるで初対面のように振る舞う二人だが・・・。

ほとんどがふたりの会話で物語は進みます。それを画面中心から左右にわけた“デュアル・フレーム”で見せます。それは、彼と彼女のクローズアップであったり、ふたりの現在と過去であったり、同時に同じ人物を映したり、それは言葉には表せない本音のようにも見えるし、夢想のようでもあります。

確かに、向かい合って会話をする場合、カメラの切り返しによって、喋っている人の表情を映します。が、本作の場合、同時にカメラがふたりを映してていますから、喋っている人、聞いている人、それぞれの表情、こころの揺れ等を同時に見ることができるのです。相手の台詞を聞いた瞬間の表情の変化も見てとれると言うわけです。どちらを見るかは個人に委ねられる訳です。

退屈なウエディングパーティの席で、ぎこちない会話を始めた男と女。二人には、思いもよらぬ過去の因縁があるのですが、多少、無理のある芝居じみた言動に本気で付きあうのがオトナの駆け引きなのかもしれません。

最後に一瞬だけ、画面が一緒になります。気持ちが繋がっているのかもしれませんが、今の現実がそれを許しません。因縁のあった彼女が、なぜ、結婚式に来たのか?彼は、彼女が自分に会いたかったのではと言う思いがずっとあったのでしょうが、そんなはずはないとも思っていたのでしょう。

若かりし頃の想い出。それは美しくもあり、不鮮明であり、確実性にも欠ける。幸せになるのは難しい。ふたりの想いは過去への感傷か、それとも愛なのか。ふたりのこころは一瞬ふれあって、そして、二度と再び近づくことはないのでしょう。自然な会話の連続で綴られ、揺れ動く感情を見事に描いた大人のラブストーリー。誰しも、過去の恋愛を振り返ってしまうようで、じんわりと心に響く作品です。

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「Sweet Rain 死神の精度」私的映画考Vol.128

Sweet Rain 死神の精度 コレクターズ・エディション

先日、「Sweet Rain 死神の精度」の試写会へ行ってきました。筧昌也監督作品。原作:伊坂幸太郎(「アヒルと鴨のコインロッカー」「ラッシュライフ」「オーデュボンの祈り」)、出演:金城武、小西真奈美、富司純子、光石研、石田卓也、村上淳、奥田恵梨華、吹越満他。

死神の仕事は、7日間の観察期間の後、「実行」か「見送り」かを判断すること。人が不慮の死を迎えるかどうかの判断である。人間界での楽しみは、CDショップで、“ミュージック”を聴く事である。死神・千葉(金城武)の今回の「ターゲット」は、27歳の一恵(小西真奈美)。家族を亡くし、恋人にも先立たれた薄幸の女性だ。電器メーカーに勤務している彼女はクレームの電話対応だったが、しつこいクレーマーはストーカーまがいの行為に出るのだが・・・。

どこか間が抜けている死神のすっとぼけた感じが面白いです。ピントがずれていて、「雨男は雪男の仲間か?」なんて真顔で聞いてしまいます。金城武の怪演が不思議なおかしさを醸し出しています。死神は皆、無類の音楽好きで、音楽を聴いているときが至福の時です。千葉の名言「ミュージックは人間最高の発明品」。

千葉は雨男で、地上で仕事をするときには、いつも雨が降っています。そのため、いまだかつて青空を見たことがないのです。原作小説を読んでいる時でも、「なんで、千葉の上にだけ雨は降り続けるのだろう」と思っていました。が、それはラストシーンのためにあるのでした。

相棒の黒い犬は原作には登場しない映画オリジナルのキャラクター。上司らしいのですが、こちらもとぼけた感じを出しています。

物語は、過去、現在、未来と進みます。仕事に現れる度に千葉の姿は変わります。1985年、2007年、2028年と時代は移り変わっていきますが、小道具などで説明をしていきます。千葉が聞くミュージックも、カセットテープののウォークマン、8cmのCDシングル、iPod、と進化していきます。

千葉はいつも担当する人間に対して「死ぬことについてどう思う?」と質問します。千葉には人間がいつの時代、どんな状況においても繰り返す愚かな行為の意味が分からないのです。そんな千葉と共に様々な出来事に遭遇しながら、人間の生きる意味、情熱を感じ、そして、人はなぜ生きるのか、なぜ死ぬのか、人間とは何かを学んでいきます。

そして、死は特別なことじゃなく大切なことと気づきます。どんなにつらく厳しい状況でも、希望はあるのです。止まない雨はないのですから。生命の尊さを描きつつ、人間まだ捨てたモノじゃないと思わせてくれます。そして、人間の優しさに触れた気がしました。原作小説は6編からなる連作短編集となっていますが、その中から少し構成を変えて作られた本作。死神・千葉の仕事はこれからも続きます。

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「それでも生きる子供たちへ」私的映画考Vol.127

先日、DVDで「それでも生きる子供たちへ」を観ました。監督:メディ・カレフ、エミール・クストリッツァ、スパイク・リー(「インサイド・マン」「マルコムX」)、カティア・ルンド、ジョーダン・スコット&リドリー・スコット(「アメリカン・ギャングスター」「プロヴァンスの贈りもの」)、ステファノ・ヴィネルッソ、ジョン・ウー(「フェイス/オフ」「M:i-2」)。

ゲリラ部隊に入隊させられたタンザ。彼は時限爆弾を持って、ある建物に侵入する。そこは自らが憧れる学校だった(「タンザ」)。ブランカは、両親がエイズ感染者である上に、自分自身もエイズ・ベイビー。学校でいじめに遭い、泣きはらすブランカ。そして、彼女は、ある保護機関を訪れる(「アメリカのイエスの子ら」)。貧民街に住むビルーとジョアンは、鉄クズなどを集め換金していた。ある日、廃材屋へ急ぐ途中でリアカーがパンクしてしまうが・・・(「ビルーとジョアン」)。

裕福だが、いがみ合う両親のもとで暮らす寂しい目をした桑桑(ソンソン)は、母親に怒られお気に入りのフランス人形を車の窓から捨ててしまう。そこに偶然通りかかった貧しい老人が一緒に暮らす孤児の小猫(シャオマオ)のために捨てられた人形を持ち帰った。対照的な二人の少女が、その人形をきっかけに運命的な出会いをする(「桑桑(ソンソン)と子猫(シャオマオ)」)。ほか3篇。

7か国の子どもたちが直面する厳しい現実を、それぞれの国を代表する監督たちが綴ったオムニバス映画。一篇は20分前後のショートムービーになっています。一篇ずつは短いながらもテーマ性にあふれ、時にコミカルに、時に幻想的に、時に芸術的に、時に叙情的に一本の長編映画にも劣らない、愛にあふれた作品になっています。

「タンザ」ルワンダ/メディ・カレフ
「ブルー・ジプシー」セルビア・モンテネグロ/エミール・クストリッツァ
「アメリカのイエスの子ら」アメリカ/スパイク・リー
「ビルーとジョアン」ブラジル/カティア・ルンド
「ジョナサン」イギリス/ジョーダン・スコット&リドリー・スコット
「チロ」イタリア/ステファノ・ヴィネルッソ
「桑桑(ソンソン)と子猫(シャオマオ)」中国/ジョン・ウー

両親の別離、ストリートチルドレン、HIV胎内感染、少年兵士など、実際に避けては通れない数々の問題を観る者に突き付けてきます。これは、それぞれの国が直面する現実。そんな厳しい現実の中でも子供たちは、本能的に、たくましく、力強く生きていくのです。その姿に感動。これは”かわいそう”とか”哀れみ”ではないのです。

そして、子供たちには途方もない能力、個性があると言うことを客観的に見る機会でもあるのです。どんなに劣悪な状況でも、それを新鮮な遊び場にしてしまう想像力。大人になってしまった私たちには、子供だったことを忘れてしまわないことが大切なのでしょう。

HIVに対する意識、子どもたちの現状を認識しながら、幸せってなんだろう。自由ってなんだろうと言う想いが駆けめぐります。世界中はひとつに繋がっている。たくましく生きる子供たちが夢見る平和な世界はきっといつか来る。子供たちこそが、希望の光なのに違いありません。そして、勇気と尊厳。子供たちの強さと愛が世界を変えていくことでしょう。

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「いつか眠りにつく前に」私的映画考Vol.126

先日、「いつか眠りにつく前に」を観てきました。ラホス・コルタイ監督作品。出演:クレア・デインズ(「スターダスト」)、ヴァネッサ・レッドグレイヴ(「つぐない」)、メリル・ストリープ(「大いなる陰謀」「プラダを着た悪魔」)、パトリック・ウィルソン(「リトル・チルドレン」「ハード・キャンディ」)、トニ・コレット(「リトル・ミス・サンシャイン」「イン・ハー・シューズ」)、グレン・クローズ、ナターシャ・リチャードソン、ヒュー・ダンシー他。

死の床にある老婦人アン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)を、枕元で見守る二人の娘。混濁した意識の中でアンは、娘たちの知らない男性・ハリス(パトリック・ウィルソン)の名前を口にする。アンの記憶は、1950年代のある週末の出来事へと遡っていく。歌手になる夢を持った24歳のアン(クレア・デインズ)は、親友ライラの結婚式で付添人をつとめるために、海辺の町を訪れていた。そこで出会った男性がハリスだった。そして、恋に落ちたが、悲劇的な結末が待っていた・・・。

アンの意識は混濁し、現在の状況と、まどろみの中で見た光景がない交ぜになっていきます。娘たちに、そのことは”初めての過ち”だと告げます。始めて聞く話し。病状のアンと見守る娘たちの現在と、過去の出来事が交互に現れます。過去の情景は、それは夢のように美しく、輝いていました。煌めく海、そよぐ風。懐かしい顔、顔、顔。何十年も前に過ぎ去った過去の出来事と後悔が駆けめぐります。

また娘たちも問題を抱えています。妹のニナ(トニ・コレット)は彼に子供が欲しいと言われていますが、子供を育てる自信もないし、彼と一生を共にする自信もありません。そんな時、妊娠している事が分かりますが、そのことを彼に伝えられずにいました。

母と娘。重なる人生。母はどんな思いで娘たちを育てたのか、どんな人生を送っていたのか、全てを知ることは出来ないのでしょうが、母もひとりの女性として悩み、恋をし、挫折し、多くの後悔を持って生きていたことを知り、自分達の人生をも見つめ直していく娘たち。

結ばれなかった愛ほど、成功しなかった夢ほど、胸の中にいつまでも生き続けるのでしょう。完璧な母親になれなかったという想い。娘たちに辛い思いをさせたに違いないと言う想い。

ズバリ泣き所は、メリル・ストリープ演じる友人が訪れるシーン。あの頃のようにベッドの中で語り合うふたり。感動で涙があふれます。わずかな出演シーンですが、確かな存在感で、物語に深みを増しています。

人生の黄昏時、何を思うのか。その時、側にいて欲しいのは誰なのか。満足のいく人生を送れたのか。そう自負できるのか。幸せだと思う瞬間というのは、人それぞれで、その時には分からないかもしれませんが、いつか、思い出したときに幸せを噛みしめることが出来るのかもしれません。人生に過ちはないのだから、幸せになるための努力を怠ってはいけないのですから。

自らの人生を見つめなおし、親の想いをあらためて実感できるような作品です。母娘で一緒に観るのも良いかもしれません。

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「ヒトラーの贋札」私的映画考Vol.125

先日、「ヒトラーの贋札(にせさつ)」を観てきました。ステファン・ルツォヴィッキー監督作品。出演:カール・マルコヴィクス、アウグスト・ディール、デーヴィト・シュトリーゾフ、アウグスト・ツィルナー、マルティン・ブラムバッハ他。第80回アカデミー賞外国語映画賞受賞作品。

第二次世界大戦時下、ドイツ。パスポートや紙幣の偽造で逮捕されたサリー(カール・マルコヴィクス)は、ユダヤ人強制収容所にいた。職人たちが働く秘密工場で、かつて自分を逮捕した男・ヘルツォーク(デーヴィト・シュトリーゾフ)が指揮する「ベルンハイト作戦」に係わっていたのだ。大量の贋ポンド紙幣をばら撒き、イギリス経済を混乱させるのが目的。作戦が成功すれば家族や同胞への裏切りになる。しかし、完成できなければ、死が彼らを待っているのだったが・・・。

いわゆる「ナチスによるユダヤ人収容所もの」ではありますが、少し風変わりな作品です。ユダヤ人は皆、迫害され、侮蔑され、大戦が始まった時には、収容所に入れられました。戦前に、逮捕されていたサリーは、持ち前の芸術的才能を活かし、収容所内でも上手に立ち回っていきます。

そして、移送された先で出会ったのは、自分を逮捕した男・ヘルツォークでした。そこには、紙幣偽造をする「ベルンハイト作戦」のために集められたユダヤ人の職人たちがいました。今までの収容所とは違い、良い待遇が用意されていたのです。しかし、そこでも、死と隣り合わせの、過酷な現実はありました。

それでも、サリーは文字通り必死に、懸命に仕事をこなし、立ち回り、成果を上げていくのでした。それは、「完璧な贋札を作る」というプライドとも言える、職人魂だったのかもしれません。しかし、成果を上げると言うことはナチスに協力することになるのです。目の前で殺されていく同胞たち。仲間の中には、家族を殺された者もいます。

ナチスへの協力の負い目と、「生きたい」という思いの矛盾の中で、職人たちはさまざまな行動をとっていきます。苦悩と葛藤。そして、慟哭。怒り心頭の場面でも、どこか冷静なサリー。どうやって自分を押さえたのか。こんなところで死んでたまるかという、「生きる」ことへの執着だったのでしょう。

そして、終戦。生き残ったサリー。その時、彼らの胸によぎったモノは何だったのでしょう。何も残らなかったのでしょうか。サリーのとった行動から察するに虚しさだけが残ったのかもしれません。戦争という異常な状況では、何が正しく、何が間違いかに正解はないのでしょう。彼ら職人たちがとった行動はそれぞれに信念を持っての行動ですから、間違いはなかったのでしょう。生きているからこそ、明日があるのですから。

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「潜水服は蝶の夢を見る」私的映画考Vol.124

先日、「潜水服は蝶の夢を見る」を観てきました。ジュリアン・シュナーベル監督作品。原作:ジャン=ドミニク・ボービー、出演:マチュー・アマルリック、マリー=ジョゼ・クローズ、マックス・フォン・シドー他。第80回アカデミー賞主要4部門ノミネート作品(監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞)。

病院のベッドで目を開けたジャン=ドー(マチュー・アマルリック)は、自分が何週間も昏睡状態だった事を知る。そして身体がまったく動かず、言葉も発せない。唯一動かすことができるのは左目だけ。ジャン=ドーは雑誌「ELLE」の編集長で、三人の子どもの父親。まさに人生を謳歌していた。が、ある日突然倒れたのだ。彼は言語療法士の導きにより、目のまばたきによって意思を伝える事を学ぶ。やがて彼はそのまばたきで自伝を書き始めるのだが・・・。

前半は、ほぼ全編が、主人公ジャン=ドーの見た目の映像で構成されています。意識はあるのに、身体がまったく動かないジャン=ドー。その症状はロックトインシンドローム(閉じ込め症候群)と呼ばれていました。それは、重たい潜水服を着ているかのごとく。そして、夢を見ます。さなぎがいつか蝶になって空を自由に飛び回ることを。どんなに気持ちいいだろうと。

最初は自分を憐れんでいたジャン=ドーでしたが、あることに気づきます。左目以外にも麻痺していない部分があると。それは、記憶と想像力でした。記憶は縦横無尽に飛び、想像力は無限なのです。動くのは左目だけという絶望的な状況の中でも、生きる希望を見出したのです。そして、”瞬き”だけで自伝を書き始めます。イエスは瞬き1回、ノーは瞬き2回。瞬きの合図でアルファベットを綴っていきます。それは周りの人の協力無しでは出来ないことでした。

後半は広がる想像力を表現するかのごとくカメラは自由に動き、ジャン=ドーの心情を視覚化したその映像は素晴らしいです。そして、少しずつですが、身体が動き始め、言葉らしきモノが発せられますが・・・。

鑑賞しながら、人生とは何だろうという想いが駆けめぐります。自分がジャン=ドーのようになった時に何が出来るのだろう。絶望を乗り越えられるだろうかと。未来を描けるのだろうか。

絶望を乗り越えた時、想像力は無限の力を発揮する。人間の可能性には限りがないのだと。たとえ身体は動かなくとも魂は自由なのだと。命の尊さ、そして人間の優しさ、暖かさを感じ、今一度、人生を見直せる感動